笑え、笑え、落語の寵児

 高校一年の秋、隆弘は全国規模で行われたテレビ局主催の「落語日本一決定戦」に出場した。これは落語界初の試みで、五百数十人のプロアマが競い合う、画期的な大会だった。
 予選で大方が振り落とされ、百人が残った。その中に隆弘も含まれていた。一人五分の落語を演じて、審査員が選んでいくという過酷なものだったが、隆弘の評価は思いの他、高かった。やがて二次予選に入り、今度は七分の落語で競い合うことになった。
 落語は聞かせてなんぼやない。笑わせてなんぼや、そう思っていた隆弘は、声の抑揚を微妙に変え、男女、声色を変えながら見て面白く、聞いて面白い落語に徹した。その思い切りのいい落語が審査員の得票を集め、準々決勝、準決勝と勝ち抜いていった。
 決勝に残ったのは、隆弘ともう一人、プロの林家一門の新人だった。
決勝戦をテレビ局はゴールデンタイムで中継した。片や高校生、片やプロの落語家、自ずと結果の見えているような戦いだったが、決勝戦では審査員の他に会場に集まった一般人が投票する形を取っていたため、もしかしたらの予感もあった。一般人は審査員と違った見方、感じ方をする、それが勝敗の行方を左右する。そんな見方をする一部の報道もあった。
 決勝戦で先行したのはプロの落語家だった。その落語を聞いて、誰もがさすがはプロだ、と感じ入るものがあった。ただ、多くの客はプロの持つ芸には堪能させられたが、笑いはそれほど起きなかった。
 隆弘は、さすがはプロだと感心しながらも、どうやったら彼を抜けるか、控室にいて、そのことばかりを考えていた。そして一つのことを決心した。笑わせよう、ともかく笑わせよう。腹の底から笑わせて、落語って面白い、楽しいことだと気付かせよう。そう思って舞台に出た。
 マイクの前に座ると、客の顔がよく見えた。真っ先に見つけたのが母、房江の顔だった。房江はハラハラした表情で隆弘を見つめていた。学校の友人たち、先生方の顔も見えた。懐かしい友の顔――、よーし、みんな思い切り笑ってくれ。腹を決めて隆弘は落語を演じた。
 落ちの面白さだけじゃない。落語の醍醐味は、演じているその間中、客を飽きずに笑わせることだ、隆弘のその心意気が見事に舞台で花開いた。客は、見事に使い分ける隆弘の声色に笑い、パンチの利いた声の抑揚に驚かされながらもよく笑った。上手か下手かを論じるのではなく、芸がどうであるかを語るのではなく、笑え、とにかく笑ってくれ! 隆弘の思い切った落語に観客は初めから終わりまで笑い続け、隆弘の落語が終了した後も、その笑いはなかなか収まらなかった。
 観客のほとんどが隆弘に投票したが、落語界の重鎮たちが務めた審査員の結果で覆り、微妙な得票差でプロが優勝した。
この結果に観客席が騒ぎ出した。テレビ局にも抗議の電話が殺到し、収拾がつかない状態に陥り、この落語大会は、第一回で打ち切られることになった。
 房江は、初めて聞いた隆弘の落語に感動していた。夫が欲して止まなかった落語の神髄が隆弘の落語にあったのでは、そうまで思ったほど、隆弘の落語は、本来の落語を超越した素晴らしいものだった。
夫が悩み苦しみぬいたものを、隆弘は高校生の若さですでに超越していた。何よりも隆弘の落語には客を引き込み魅了する笑いの醍醐味があった。意識して笑わせようとするのではなく、自然に相手を笑わせてしまう、そんなパワーを房江は随所に感じ、房江もまた、大笑いしてしまった。
息子よ、あなたは本当に素晴らしい。最高の賛辞を与えて房江は会場を去った。
 房江は、その後、一度も訪れていなかった夫の墓に定期的にお参りするようになった。隆弘の才能は、あなたが授けたものだ。夫への感謝の気持ちを込めて、房代は心から慰霊した。
 高校を中退して名門桂一門に入門した隆弘の活躍は語るまでもない。その人気は落語家の常識を超え、ムーブメントを巻き起こすほど強烈なものになっていった。
<了>

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