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パーキンソン病は幹細胞移植で治る?!
バイエルの新治験と京都大学のiPS研究
パーキンソン病の治療法開発は日進月歩で進んでいます。最近の話題として、ドイツの大手製薬企業バイエルが、ES細胞(胚性幹細胞)を用いたパーキンソン病治療の治験を開始し、新聞にも取り上げられました。またご存知のとおり、日本では京都大学が、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使ってドーパミン産生細胞を脳に移植する研究を続けており、国際的にもこの領域は加速的な進展を見せています。
もちろんこの分野は非常に期待がもてる分野ではありますが、このような治療がパーキンソン病を完治させるかというと、実は単純にそういう話ではないということを今回はお話ししようと思います。
パーキンソン病とドーパミン
パーキンソン病では黒質のドーパミン神経が減る
少し難しいかもしれませんが、前提知識を少しお話ししておきましょう。
パーキンソン病は、脳の中でドーパミンという物質をつくる神経細胞(ドーパミン神経)が減ってしまう病気です。その結果、手足が震えたり、動きが遅くなったり、歩きづらくなったりします。ドーパミン神経は、脳の奥深くの脳幹部にある「黒質(こくしつ)」に密集しています。ドーパミン細胞がある証拠として実際に黒く見えます。パーキンソン病になってドーパミン神経が減ると、この黒さが薄くなります。
黒質で作られたドーパミンは線条体に運ばれる
黒質にあるドーパミン神経で作られたドーパミンは、神経の長い線維を通って、遠く離れた「線状体(せんじょうたい)」というところに運ばれます。線条体は体の動きを調節する働きをしていて、きちんと働くためにはドーパミンが必要です。線条体での歯車を動かすために、ドーパミンという潤滑油が必要なイメージです。
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パーキンソン病ではこの潤滑油であるドーパミンが減ってしまうので、歯車がギシギシと動きにくくなり、体がスムーズに動かせなくなったり、手足がふるえたりするわけです。
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パーキンソン病治療の基本はドーパミン補充
パーキンソン病の治療としては、この脳の黒質にドーパミンを適切に補充してあげることが基本になります。普通は内服薬で補充するのですが、そこにドパミン神経細胞を移植してあげようというのがこれらの治療法になります。
過去の胎児移植研究
実は、こうした細胞移植のアイデア自体は、まったく新しいものではありません。以前は、中絶手術で堕胎された胎児の脳組織をパーキンソン病患者さんに移植する「胎児移植」という挑戦がありました。胎児脳の中には、ドーパミン産生神経細胞の「もと」になる細胞が含まれており、それを取り出して患者の脳に注入することで、ドーパミンを補おうとしたのです。
しかし、この方法にはいくつかの問題がありました。胎児組織の安定的な供給は難しく、再現性や品質を一定に保つことが困難でした。また、「中絶胎児を治療目的で使う」という深刻な倫理的な問題もありました。そのため、広く使われる治療にはならず、研究段階でほとんど姿を消してしまったのです。
ES細胞とiPS細胞が切り開く新たな道
ここで期待がかかっているのが、安定した細胞源としてのES細胞やiPS細胞です。
ES細胞(胚性幹細胞)
受精卵が少し成長した「胚盤胞」という段階から取り出す細胞で、あらゆる細胞に分化できる多能性を持っています。しかし、受精卵利用に対する倫理的問題や、患者由来でないため移植先で拒絶反応が起きる可能性などが課題でした。
それでも近年、バイエルなど世界的企業が積極的にES細胞由来のドーパミン産生細胞を使った治験を開始し、課題克服に取り組んでいます。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)
患者さん自身の皮膚や血液細胞など、すでに分化した細胞に特定の遺伝子を導入して多能性を取り戻したものです。自分の細胞由来であるため免疫拒絶反応が起きにくく、受精卵を使わないので倫理的なハードルも低めです。
京都大学はこのiPS細胞を用いて、実際にパーキンソン病患者さんへの移植研究を進めており、その成果に世界が注目しています。
幹細胞移植は「元通り」にするのではなく、「不足分を補う」治療
ES細胞やiPS細胞を使って作られたドーパミン産生細胞は、「線状体」に移植されます。先ほどの説明から、「黒質」にいれるのではないの?と思われるかもしれません。そもそも脳の自然なしくみでは、黒質で作られたドーパミンが線状体に届けられています。しかし、現在の技術では黒質にドーパミン神経を移植しても、それを線条体まで線維(軸索)を伸ばすことができないのです。そのため、ドーパミンが届く先の線条体にドーパミン産生細胞を移植して、すぐとなりの受け手に届けるという仕組みにしています。
移植は生理的な治療というわけではない
本来、ドーパミン神経は黒質から必要なときに必要な分だけ線条体に届けられるという仕組みとなっています。そのため、線条体には本来いないはずのドーパミン神経を移植することは、生理的なドーパミンの調節機能がうまく働くかどうかは未知数な部分が多いのが実情です。
幹細胞移植の利点
ただし、通常のドーパミンを補充する治療であるレボドパは、飲んでも血中濃度がすぐに下がってしまうので、持続的にドーパミンを補充するという意味ではとても期待のできる治療となります。
幹細胞移植の問題点
幹細胞移植にはいくつかの問題点が指摘されています。一つはきちんと生着するかどうかという問題です。これはある程度の量の細胞を移植するとクリアされることが多いようです。
もう一つの懸念点は癌化です。幹細胞はどのような細胞にも変わることができる細胞であるため、癌細胞になってしまうリスクが言われています。これまでのところ、そのリスクは低いようではありますが、長期的な研究結果が待たれます。
まとめ
胎児移植という過去の方法は多くの問題を抱え、一般的な治療とはなりませんでした。しかし、技術の進歩と研究者たちの努力によって、ES細胞やiPS細胞を使った細胞移植の可能性は大きく広がっています。バイエルの治験や京都大学の地道な研究は、その先駆けと言えるでしょう。
これらの治療は、説明したとおりパーキンソン病を完治させるような完全なものではありません。しかし、現状の内服治療の様々な問題点を克服してくれる可能性があります。
世界が注目するこの新たな治療法の行方を、期待とともに見守っていきましょう。