いつまでも豊かになれない働き方
農民は生かさず殺さず。
江戸時代の農業政策を表す有名な言葉で検索してみればすぐに出てくる。
これを今の現代社会に落とし込んで考えてみる。
サラリーマンとして今も働いている、もしくは過去に働いた経験がある読者の皆さんなら分かると思うが働けど働けど一向に楽にならないと感じないか?むしろ、しんどくて息苦しい毎日がずっと続いているのはツイッターを眺めれば分かる。
会社員として働き始めて数年経った私の主観から気づいたことを色々語ってみよう。
職場環境、周りの人間関係、仕事、飲み会などの会社で発生する様々なイベントを通して何となくこの社畜社会の縮図が見えてくる。
ギリギリ生活できる程度の給料を与えて労働者を豊かにし過ぎない。
お金を使わせるために適度な休暇を与える。そして、休暇を与えすぎると自分の頭で考えるようになってしまうからその暇を与えない。定年までしっかりとラットレースしてもらわないといけないから。
労働でたまり過ぎたストレスは飲み会や酒の席で発散させる。もしくはその行為をしつけて覚えさせるために何度も会社行事という名目で繰り返す。もしかすると、そこまで意図してやっていないのかもしれないが自然とそういう仕組みになってる。アルコールで脳みそを馬鹿にして知的レベルを落として問題の本質に気づかせないようにする。ましてやストライキや辞められたりしないように適度な満足感を与える必要があるんだろう。
ここまで聞いて分かっただろう?
そう、会社は従業員個人を豊かにするための場所ではないと。
もし、豊かにする場所であると言うならなぜ日本の労働者達はこんなにもギスギスして毎朝お通夜みたいな表情しながら通勤しているんだろうか?
とにかく疑問を持たせないために考える暇を与えないようにしている風にしか思えない。
酒、タバコ、ギャンブル、風俗、ショッピング、ありとあらゆる娯楽達は会社での社畜労働という辛い現実を一時的には忘れさせてくれるが単なる現実逃避にしかならない。考えるのを辞めて簡単に手に入る快楽に皆サラリーマンは走っている人が多い。
つい最近、社内の人間が飲み会の席で馬鹿騒ぎしている光景を目にしてそう感じた。次の日は昨日のことなんて何事もなかったように皆黙々と働いている。酒が入っていただけなんだと。
酒に頼らないと楽しめないのはどうなのかな?と個人的には思うがそれは置いといて。
多数派が常識で普通だと思ってる決めつけられた人生を選ばさせられるのに苦痛と不快感を覚える。
和を持って尊しとなす。
これはすごく日本的な言葉だと思うが、今の社会にあてはめて悪い意味で捉えてしまえばこうなる。
皆で一緒に貧乏で不幸な人生を歩みましょう。
一人だけ抜け駆けするのは許しませんよ。
集団になると人は目を疑うような狂ったことを平気な顔してやるようになる。
豊かになりたいならそういう集団からは一刻も早く離れるのが吉でしょう。