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【ウクライナ侵攻で揺れる世界】チャイコフスキー国際コンクールがコンクール世界連盟から排除 音楽会をも浸食する「ロシア叩き」

大阪市民 白川 秋沙

スイスのジュネーブに本部を置き、110の加盟団体からなる「国際コンクール世界連盟」が、4月13日の臨時総会でチャイコフスキー国際コンクール(以下、チャイコフスキーコンクール)の排除を決議した。ウクライナ紛争に乗じた「ロシア叩き」が遂に音楽界をも侵食した。この事態が意味するものを取材・考察した。

次々と排除されるロシアの音楽家

ロシアのウクライナ侵攻直後、指揮者V・ゲルギエフが国外演奏会のキャンセル、ポスト解任、エージェント契約の解除を言い渡された。T・ソヒエフら多数の音楽家も同様に活動の場を失った。「プーチン批判か仕事か」の選択を迫られてのことである。5月のシベリウス国際ヴァイオリンコンクールでも、土壇場でロシア人出場者2名が排除された。対ロシア制裁がアーティストを追い詰めている。

チャイコフスキーコンクールは誰のもの?

ロシア排除の最たるものが、国際音楽コンクール世界連盟によるチャイコフスキーコンクールの除名である(4月13日の臨時総会で決議)。連盟はロシアのウクライナ侵攻を非難し、「ロシア政府が資金を提供し、宣伝ツールとするコンクールをメンバーとは認めない」と発表した。ただし、国籍を理由にロシア人アーティストを差別する意図は否定した。
 ロシア側は、この決定を歯牙にもかけぬ強気の姿勢だ。だが、ロシア芸術家の層の厚さを以てしても、世界が単純なロシア悪玉論に踊らされ狂信的ウクライナ支持一色に染められている今、楽観視はできまい。
 ショパンコンクールと並ぶ世界最高峰のチャイコフスキーコンクールは、数々の天才を輩出し、ロシア抜きには音楽芸術が成り立たないことを証明してきた。1958年の第1回ピアノ部門優勝者の栄誉をアメリカのV・クライバーンに与え、米ソ親善にも貢献した。
 これをロシアの宣伝ツールというなら、元ナチ党員の指揮者・独裁者カラヤンの名前を冠した数々のコンクールは非難に値しないのか? ロシア人差別を否定しながらも、連盟はなぜ未だにシベリウス国際の措置を非難しないのだ? コンクールと演奏家の将来は?

即時停戦とコンクールの名誉回復を

筆者の疑問に対し、ある音楽関係者が以下の懸念を示した。「まず、チャイコフスキーコンクールは『国際』から『国内』コンクールに降格されるため、優秀な審査員や演奏家の参加が制限されよう。決断が政治信条の『踏み絵』となればなおさらだ。優秀な演奏家の流入により、漁夫の利を得るコンクールが必ず現れる。紛争が利権争奪戦を正当化している。その代償の何と大きなことか。このコンクールに人生を賭ける演奏家の夢は砕かれ、歴代入賞者の栄光は汚点に変わりうる」。
 これが杞憂に終わり、一刻も早い停戦とコンクールの名誉回復が叶うよう、切に願う。決定が同調圧力によるものだとしても、連盟は情勢に拘わらず直ちに撤回すべきだ。むしろ音楽への政治介入を拒絶し、来年の第17回大会開催を支援すべきだ。
 この偉大なウクライナ系作曲家の名を冠するコンクールは、ロシア政府でも連盟のものでもない。芸術を愛する人全てのものだ。その排除は芸術の、ひいては私たちの死だ。

(2022年7月5日号掲載)

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