着々と進む 活断層貫くリニア新幹線 日毎増える 残土運ぶトラック 村の観光協会も自粛を要請
長野県大鹿村在住 北川 誠康
長野県大鹿村に移住して半年が経った。妻は道の駅で働き、私は標高1000mの山の上で、毎日畑をしている。大阪にいた時も隣の奈良に通い我流の自然農法を実践していたので、少しは手に覚えがあるつもりでいたが、ここは気候がまるで違う。外国に来たようなものだと思い知らされた。
今年は長雨が続き、夏野菜はあまり育たなかった。初めて挑戦した稲作りも、当然とはいえ、成果が上がらない。
おまけに畑にはあらゆる動物がやって来る。大鹿村は「多シカ村」だ。人口900人程の村に、その何倍ものシカが棲息しているという。大豆や落花生の葉は齧られて丸坊主にされ、オクラはオクラ入りになった。TVでは「ポツンと一軒家」「人生の楽園」等の番組が人気があり、田舎暮らしに憧れる人も多い。しかしこの人新世の時代、すでにどこも天気は狂っており、楽園を見出すのは容易ではない。
豊かな自然の残るこの高冷地に来て、改めて身近にひしひしと感じるのは、気候危機の影響だ。一時にバケツをぶちまけたような雨が降ったかと思うと、川は轟々と音を立てて激しく流れ、山道には倒木があり、回り道をしなければならなくなる。
村では60年前、隣の豊丘村との境にある大西山で崩落が起こり、42名が亡くなる災害があった。今も残るその崩落跡の斜面からは、異常な長雨で赤土が流れ出し、麓の公園は立入禁止になった。
村は日本列島西南部を横断する中央構造線の真上にあり、元々不安定な地盤の上にある土地柄だ。
しかし、ここでは今日も活断層をトンネルで貫くリニア新幹線の工事が進められている。発生する残土は、現在、天竜川沿いにある高森町の産業用地等に運ばれているが、その多くは行く先が決定されていない。
それでも日毎に台数を増すトラックは村民の生活を圧迫している。村の観光協会は、日曜以外に毎週土曜の工事休止を求める請願を提出し、村議会では採択されている。しかし、JR東海は聞く耳を持たない。
8月末、豊丘村の残土処分計画地を、村議の壬生真由美さんの案内で見て回った。山上の谷は森林が伐採され、地肌が剥き出しになっている。荒涼とした現場の光景を前にして息を呑んだ。このような環境破壊が、今も現在進行形で行われている。
静岡県熱海市では、約5万6千㎥の盛り土が土石流となって崩れ落ちた。豊丘村·本山(ほんやま)の谷筋は、その23倍の約130万㎥の残土で埋められる予定だ。下流には人家や学校もある。南海トラフ地震対策や国土強靭化を掲げるリニア自体が、このままでは新たな災害の原因となるだろう。さまざまな問題を抱えたままこの9月、リニア伊那山地トンネルでは2年遅れで本坑掘削が着手された。10月には天竜川橋梁工事も開始される。
自然は厳しいが、時に優しい風も吹かせる。農作業を休んでいると、希少種の蝶や鳥が周りを飛び交っているのが見える。慣れない土地で田畑は不作でも、村の人たちが採れた野菜や果物を分けてくれるので、食物には不自由していない。
私たちが望むのは、リニアのような宙を飛ぶ乗物ではなく、ささやかでも地に足の着いた暮らしだ。都会に戻る気はない。多くの困難や矛盾があっても、それらと向き合って、この村で生きて行こうと思っている。