架空日記 後輩の報告
後輩のAが彼女と結婚するらしい。ぜひ紹介したいから会ってくれとのことだった。彼とは大学からの付き合いで、サークルが同じ学科も同じということでよく遊ぶようになった。大学を卒業してからは私が地方に就職したため実家に帰省するタイミングで年に一度会うくらいではあったが交流は続いていた。当日は酒でも飲みながら気軽に話しましょうというAの提案で学生時代によく行っていた居酒屋に行くことにした。
当日、時間ピッタリに店に着く、店員に予約している旨を伝えると先に二人は来ているとのこと。昔のAならば遅刻はあたりまえだったので結婚もするとなるとしっかりするのだなあ、と嬉しいような少し寂しいような気持ちになった。案内されると個室になっており靴を脱いで障子を開ける。掘り炬燵のテーブルを挟んで向かい側にAとその彼女は座っていた。
Aの隣にいる彼女を見ると驚いた。まず日本国籍ではないこと(特に他意はなく純粋に予想と違ったため)、そして月並みな表現で言えば街ですれ違えば振り返るほどの美しい女性であったからだった。ただ本当に顔立ちが整い過ぎていて神の手で作られたのではというほどであった。呆気にとられていた私だが、
「お久しぶりです、Sさん。ビールで良かったですよね?もう頼んでますから」
と以前と変わらぬ調子でAが声をかけてくれたので気を取り直すことができた。日本語で大丈夫なのかと思いながら改めて彼女さんに挨拶をする。
「はじめまして、Aの学生時代の先輩でSと…」
「ビールお待たせしました〜」
私はこういうときだいたい間が悪い。
その後は昔のくだらない話をAとお互いに少しエピソードを盛りながら彼女に話して楽しい場になった。心配だった言語も流暢な日本語を操る彼女のおかげで何も問題はなくなった。1〜2時間したくらいで酔いが回ってきたくらいで一瞬会話が途切れる。2杯目からハイボールに変えたAは中身の少し残ったたジョッキをぐいと飲み干すとかしこまって話し始めた。
「Sさん、今日は報告があるんですよ。」
「わかってるよ、結婚でしょ。改めておめでとう。いや、おめでとうございます。」
私はわざと仰々しく深く頭を下げて言った。
「いや、まあそうなんですけど、それだけじゃないんです。今日はお別れも言いにきたんです。」
私はスッと頭を上げてAを見た。
「お別れ?どういうこと?あ、海外に引っ越すの?」
「いや、そうではなく」
「そんなお別れとは言わずともAがよければ遊びに行くよ、パスポート取るし。英語が得意な、KとかあとはMとか声かけて一緒にいくからさ。」
「いや、違うんです…もっと遠いところへ…」
そう言いながらAは彼女の方は目を見やる。彼女はAが言いかけていたことを、引き継いで言った。
「私の星に来てもらうんです。」
それから二人は色々と話してくれた。彼女は別の星の生命で人間に擬態しているということ、留学のような形で地球に来星した際にAと出会ったことなど。しかも彼女はその星の王族でAは王になるということ。位の高い立場になるためAはもう二度と地球には来ることができないということ。二人が説明してくれている間、私はうんうんと聞きながらも内心ではまた冗談を言っているな?と思っていた。Aは調子のいいやつですぐ突拍子のない冗談をついていた。それでいつも場を賑やかす良いやつなのだ。そのAが見つけたパートナーなのだから彼女もきっと同じような感性をしているのだろう、二人して私を楽しませてくれようとしているのだ。こういうときは話に乗ってあげるのが学生の時からの通例だったので、私は話の全てを鵜呑みにして、先輩らしく振る舞おうとおべんちゃらを言った。そうか、大変だがお前ならやれる。王になるのだから民を最優先に考えるんだぞ、私欲に走ったら終わりだからな、だがお前ならきっと上手くやれる、彼女さん、良い奴を見つけたな、こいつはいずれ国の宝、いや星の宝と呼ばれる存在になるだろう。と早口で言い切った。即興にしては上手いことできたのでは?と思い彼女をみるとなんと泣いていた。
「ありがとうございます…彼が決断してくれたことを後悔させないようにします。」
と彼女。
「最後にSさんに会えて良かったです。僕、頑張りますし、皆さんのこと忘れませんから!」
とAも少し涙ぐんでいた。
二人の迫真の演技に少し気圧されながらもお、おお頑張れよ、と言った。
それからまた少し談笑してお開きとなった。店を出る。
「Sさん、本当にありがとうございました。言い忘れてましたけど僕が地球に存在してた証拠や人の記憶は消してしまうんですけどSさんだけは残しておきます。万が一退位して地球に遊びに来れることがあればまた飲みましょう。」
彼女もぺこりとお辞儀をして二人は反対側へ歩いて行った。じゃあなと私も背中に声をかけて反対方向へ向こうとしたときワンピースを着ていた彼女のスカートの裾から尻尾のようなものが見えた気がした。確認しようともう一度振り返ると二人の姿はもう無かった。
翌日、今回の件に合わせて帰省していた私は実家にある自分の部屋で目覚めた。終電間際で帰ってきたので遅い起床だった。リビングへ向かうと母親が最近覚えたYoutubeを見ていた。私が起きてきたことに気づいてこちらを向いた。
「随分寝てたね、昨日は誰と飲んできたの?」
最近歳をとってボケてきたのか同じことを聞く回数が増えている気がする。
「Aだよ、大学の後輩の。昨日も出かける前に言ったじゃない。」
「A?初めて聞くけど…もしや彼女?」
母がニヤけながらこちらへそう問いかける。何を言っているんだろうか、ボケはじめていたとしてもAのことは何度も話したことはあるし、性別までわからないわけはない。
「何言ってるんだよ、ほらこいつだよ。」
と学生時代の写真を見せようとスマホのアルバムを探してみるが彼の姿だけがない。なぜなのか。
「あんた飲みすぎてまだ酔っぱらってんじゃないの?」
と母がYoutubeを見ながら呑気に言った。
その後、大学の旧友にもAの存在を確認したが誰も覚えていなかった。狐につままれたのか、本当に私が幻覚を見ていたのか、混乱したまま飛行機に乗り一人暮らしのアパートに戻ってきた。荷物を下ろし、部屋の机を見ると一枚の写真。あの日撮ったAと彼女と私が写っていた。写真の裏を見ると、
『いつかまた会いましょう!それまでにお嫁さん探して紹介してくださいね笑』
と書いてあった。馬鹿にしやがってと一人で笑いながら遠い未来に酒を飲む老夫婦二組を想像する。その時に備えて自分のパートナーを探そうか。そして広い庭のある家を建てるのだ。未来のお嫁さんに何故広い庭を?と問われたらこう返す。
『UFOが着陸するにはこれくらい必要だろ?』
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