狂った母。最期に言いたかったこと
こんばんは。じんこのうちへようこそ。
お彼岸最後の今日は、じんこの母フミ。
幼い頃、母フミは自慢の母だった。
さて、初めて訪れていただいた方に、軽く家族の紹介です。
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<じんこの家族紹介>
祖父:いちじろう(陽気なチャラ男。同居ではないが、3度の食事は一緒)
祖母:ツル(良妻賢母。同じく同居ではないが食事は一緒)
父:トシオ(楽天家)
母:フミ(繊細)
姉:めぐみ(自己否定感強い思春期を過ごす)
私:じんこ(幼少期は引っ込み思案の人見知り)
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じんこの家の周りには、
母フミの兄弟姉妹が多く住んでいた。
母は心強かったのと同時に、
夫トシオには、
マスオさん状態で申し訳ないと
常に思っていたようだ。
そして
いつもいつも
良き妻、
良き母、
良き娘、
良き妹、
良き姉でいた。
そして商売もしていたから、
良いお店の人だった。
じんこにとっても、母は自慢の母だった。その立ち居振る舞いの全てが完璧だった。
それがいつ頃だろうか、
そんな母が、次第に狂っていった。
よく考えてみたら、
母は常に我慢していたのだ。
母は次第に
精神のバランスを崩していった。
そして我々家族が
本当の意味でそのことに気づいたのは、
母、85歳の時だった。
亡くなる2年前だ。
「もっと早く気付いてあげればよかった」
そんな事も脳裏をかすめたが、
母の性格上、
その環境から抜け出すには
余程大きな出来事がなければ無理だっただろう。
良くも悪くも、そんな転機が訪れた。
いつも頼りにならない父トシオが、
唯一からだを張って母フミを守ったのではないか?
そう思う出来事が起こった。
元気で能天気な父トシオが、癌になった。しかも進行性の末期の肺がんだ。
父ははじめ、
ハートの弱い母には隠しておくつもりだった。
しかし、じんこは反対した。
今向き合わなければ、
もう向き合う時間がない。
トシオからフミに話すよう、促した。
そして、フミの精神は崩壊してしまう。
どの精神科を受診させるか
調べる間もないほど短いスパンで悪化し
緊急性を要した。
フミは即入院となり、
一人
窓のない真っ白な狭い病室へと入った。
いつでも完璧で、
80歳を過ぎても
いつも小綺麗な身なりで
化粧をしていたフミの面影は
もうどこにもなかった。
一人入院手続きを済ませたじんこは、
診断を受け
病院の一番奥の
その暗い、
長い廊下を歩きながら、
涙が止まらなかった。
だがじんこが泣けるのは
そこまでだ。
じんこの生活は、
じんこが泣いていては機能しないからだ。
母フミを、
ある程度病院にお任せしたら
あとはトシオとフミの今後を
姉めぐみと話し合う必要がある。
さあ、
どうしたらもっとも早くフミを回復させ、トシオが少しでも楽になり、
フミが家に帰った時、
もう他の人のことや
人の目を気にして
精神に負荷をかけずに過ごせるか。
直ぐに話し合い、
トシオの要望も聞き入れ、決めた。
母フミと親戚たちを、
精神的、物理的に離すこと。
そしてそれでも精神を病まないようにするにはどうすればよいのか、
そして直近の母の治療についてを
めぐみと話して決めた。
それには
めぐみの家族の協力も必要だったが、
本当に必要な時は、
実にタイミングよく物事が進むものだ。
フミとトシオは関東から離れ、
東北の姉の家族と共に暮らすことになる。
フミの入院生活では、
医師とのやり取りなど
諸々楽ではないこともあったが、
体に負荷がかかる検査で
必要でないと思われるものは断り、
必要と思われる検査や治療のみに同意した。
フミは脅威の回復を見せ、
1か月で退院し、
その数日後には東北へ行くことになる。
高齢者が
慣れない土地で暮らすことを心配する
周りの人もいた。
しかしそこは、二人にとって、
とても環境の良いところだった。
海も山も近くにあり、
食べ物も美味しく、
何より煩わしい人間関係がない。
温泉やお花見が好きだったトシオは、
たった1年間であったが、
東北での暮らしを満喫した。
母フミも、
デイサービスでお友達を作り、
顔色がびっくりするほど良くなり、
やせ細った体も多少ふっくらし、摂れなくなった食事もしっかり摂れるようになった。
丸で別人だ。
これまでずっと愚痴ばかりだったが、
愚痴を言う必要がなくなったのか、
じんこが会いにいっても、
デイサービスであったことや
孫の話しをするようになった。
もう、あんなに縛られていた親戚の話しをすることはなくなった。
お洒落なフミは、
自分が使っている
化粧品やヘアケア用品と同じものを
孫娘にプレゼントした。
孫娘は、それらが当時ファンだった芸能人と同じトリートメントや化粧品だったため、とても喜んでいたそうだ。
そういう意味でも話題が合い、姉の家族たちとも上手く暮らせていたのも幸いしたのだろう。
この数年で見たこともないほど、
フミは明るく元気になった。
「精神を病んで病院の個室にいたなんて、本当に信じられないわ」
姉のめぐみは言った。
そうか、姉はあの時を知らないんだ。
だから一緒に暮らせているのかもしれない。
時々じんこはそんなことを思った。
だが、父トシオ亡き今、
母のフミが元気で幸せで暮らせていることが何よりも嬉しい。
そして今日も身なりを整え、
「綺麗にお化粧をしてデイサービスに通ったわよ」
そんな姉めぐみと話した翌朝、
母フミが珍しく朝寝坊しているからと
姉がフミを起こしに行ったところ、
既に意識がなく、
4日間意識不明で病院で過ごした後、
母フミはこの世を去った。
お別れがまだ出来ていないようで、
少しもやっとしていた。
身近な人を急に亡くされた人は皆、
そうなのかもしれない。
私は、大人になってからずっと
母フミに振り回され、
とても恨んでいた。
と、思っていた。
だから私は、お彼岸最後の今日、
そんな母に、この世でのさよならを言おう。
そして、生前言えなかったことを
思い切って言ってやろう!
そう思った。
そして
今思いつく言葉は、これだけだった。
色々あったけれど、
「ありがとう!」
意外にも、ただそれだけだった。
今日思いついて書けたこと、
繊細で敏感な母は、
きっと天国で受け取ってくれるだろう。