一昨日のこと。③おわり

脳梗塞になり、麻痺が残ってしまったのは男性のせいではなから本当に同情するし、手助けもしたい。だけど率直に言って「今じゃない感」が半端ない。何者かに私の良心が試されているとしか思えない。

そう言えば、由巳姐は7階から降りて来ないが、一体どうしたのだろう。
無事なのか。
怖い。
あと1回、もうこれで最後だから、と自分に言い聞かせ、力任せにジジイを引っ張り上げた。
ジジイあんた、私を引き倒すつもりなんか!さっきより体重かけとろうが!!
「もうそれ以上引っ張ったら私も倒れるけんね!!」
そう叫んだら、すぐに重みは3分の2ぐらいになった。
これ以上おっさんの手首を掴み、支え続けるのは無理。体力じゃなく、精神的に限界が来ている。
おっさんがどんな体勢でいるのかもよく確認しないまま、私は必死に手を振り解こうとした。

今思い出せるのは、エレベーター前でおっさんが礼を言っているところ。
どうやってそこまで連れて来たのか、ちょっと記憶にない。
姐さんはまだ戻って来ない。
降りてきたエレベーターにはゴミ袋を抱えた中年女性が乗っており、その女性と入れ替わるようにして男性は上へ昇っていった。
7階で止まった。
暫く入口で待っていたが、姐さんが戻って来ないので、その間に車を移動することにした。本当は姐さんを追って7階に向かうべきなのだろうが、私はこれ以上男性と関わるのに耐えられなかった。

車をマンションそばに着け、エレベーター前で姐さんを待つが、5分
経っても降りてこない。
私の脳はスティーブンキングばりのストーリーを創り上げていこうとしたが、現実は7分経って降りてきた。

男性の部屋はゴミで溢れ、家族と住んでいるというのは嘘だったという。
姐さん凄いよ。部屋の中まで見てきたなんて。
何が起きてもおかしくない状態。待ったなしで支援が必要。明日区役所に電話してみる。
姐さんはそのようなことを冷静に語った。


私は常々「福祉に携わりたい」と言ってきたが、今回のできごとで完全に自信を失くしてしまった。少なくとも、いつでもどこでも困った人に愛情を向け、手を差し伸べられる人間ではなかった。
脳梗塞、と聞いた瞬間、数年前に同じ病で倒れた父を思った。血の滲むような努力を重ねて、やっと自力で歩けるようになったと言っていた。だからこそ最後まで男性に付き添ったのだ。
左半身に麻痺が残って力が入らないと言っていたが、男性は私の手首を左右同等の力でぎゅっと握り、身体がよじれることもなく起き上がった。
男性は不自由な身体でどうやってショッピングカートとトートバッグを部屋から持ち出し、入口の3段の階段を降りたのだろう。
土砂降りの中、夜の9時過ぎまでどこを彷徨っていたのか。私たちに会わなかったら、あの場所で倒れたまま朝を迎えていたのか。


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