D&Dリプレイ 腐敗の影 (1)
怒れる雄鶏亭
ガイラントという国にある港町ハークル。そこは活気のある港町だ。
夕暮れ時、初めての冒険を求める少女二人が「怒れる雄鶏亭」を目指していた。衛兵にたずねると雄鶏亭の場所はすぐに分かった。港にほど近いにぎやかな通りにその店はあった。
怒れる雄鶏亭は宿屋でもあり、飲み屋でもあり、冒険者ギルドの依頼を仲介する出張所のようなところでもあった。仕事を終えた職人たちやいかつい冒険者たちが一日の疲れをいやすために飲み食いし、騒いでいた。
二人は入り口のスイングドアをくぐると、店主を探してぐるりと見まわした。大柄な女ドワーフが冒険者や飲んだくれたちをもてなしたり、怒鳴りつけたりしている。おそらく彼女がこの店の女将なのだろう。まっすぐに彼女のもとに向かうと少女の片方が話しかけた。
「こんばんは、あなたがこのお店の女将さんですか?私はルナ、こっちはエリー。ギルドに登録したばかりの冒険者です。私たちにふさわしい依頼を紹介していただきたくてやってきました」
紹介されたもう一人の少女、エリーは急に名前を呼ばれてドギマギしていた。
女ドワーフは値踏みするように二人をながめると言った。
「あいさつはしっかりしてるね。上等、上等。あたしはここの女将、ダムラだ。よろしく。新人さん向けの依頼だね。ちょっと待ってな」
ダムラはカウンターの下からノートを取り出して何やら調べ始めた。パラパラとページをいくつかめくると、目当てのものを見つけたようだ。
「あんたたちにちょうど良さそうな依頼があったよ。護衛の依頼だね。報酬は一人あたり3gp。ただ、新人の場合はちょいと条件があって、先輩の冒険者をサポートとしてつける決まりになってるんだ。あんたたちの実力もまだ分からないし、依頼者を危険な目にあわせるわけにもいかないからね。サポート役は……」
そう言うとダムラは店のすみのテーブルで飲んでいる冒険者らしき二人の男を指さした。
「あいつらがいいだろう。声をかけてごらん。パーティーが組めたらもう一度あたしのところにおいで」
はじめての依頼と先輩冒険者
ルナとエリーは男たちのテーブルに近づくと声をかけた。
「あの、すみません。私たち新人の冒険者で、依頼を受けに来たんですけど、女将さんが先輩のサポートが必要だとおっしゃっていて。あなたがたに頼むようにと言われたんですが、お願いできますか」
二人の男のうち、目つきの悪い軽装の方が少女たちをじろりとにらむと言った。
「ふむ。お前たちのお守りをしろと。それで、おれたちにはどんな得があるんだ?……そうだなあ、おれたちに一杯ずつおごってくれたら手伝ってやってもいいぜ」
もう一人の真面目そうな顔の男は「しょうがない奴だ」といった様子で飲み続けている。
エリーは怖がってしまい、ルナの後ろに隠れてしまっている。ルナは困ってしまい、しどろもどろになった。
「でも、女将さんが、その、あなたたちに言えって……」
「じゃあさっさとおごって行かないとな。のんびりしてたら他のやつが依頼を受けちまうかもしれないぞ」
意地悪な男の顔は気に食わなかったが、なんと言い返していいか分からなくなったルナは説得をあきらめて飲み物をおごることにした。依頼を受ける前から所持金が減ってしまった。なんとしても依頼を成功させなくては。
ルナとエリーは男たちがパーティーに加わったことをダムラに報告した。ダムラはちらっと男たちの方を見ると言った。
「よし、じゃあ護衛の依頼をあんたたちにお願いするとしよう。この後、依頼人を呼ぶから詳しい話は本人から聞くといい。それまで先輩たちとお互い自己紹介でもして待ってるんだね」
少女たちは自分たちの分と男たちの分の飲み物を買うと、さっきのテーブルに戻った。
依頼人を待つ間、お互いの自己紹介をした。
「私はルナ、17歳です。クレリックをやっています。隣のエリーとは幼なじみで、一緒に冒険者になりました」
真っ先に立ち上がってハキハキとしゃべったのはルナ、小柄で賢そうな少女だ。ルナは席に着くともじもじしている隣の少女、エリーを突っついてせかした。エリーは細身ではあるが、しなやかに鍛えられた筋肉の持ち主だった。話すのが得意ではないようだが目の奥に強い光をやどした少女だった。
「あの、エリーです。15歳です。ファイター、です、いちおう。弓が得意です」
それだけ言うとすぐに座ってしまった。
続いて先輩冒険者の二人も簡単に自己紹介をした。一人はふざけた雰囲気のローグ、ロビー。もう一人は無口でがっしりとしたパラディンのパスカルといった。二人とも先輩冒険者ということだったが、まだ二十代前半でさほど経験が豊富というわけでもないらしかった。
それぞれの紹介が済んだころ、一人の男がテーブルに近づき声をかけてきた。
「どうも、ウェインといいます。護衛の依頼を受けてくださったのはみなさんですよね?」
にこやかで人当たりのいい、商売人といった感じの男だ。冒険者たちがイスを勧めるとウェインは席について説明を始めた。
「いやあ、依頼を引き受けてくださってありがとうございます。私はチーズやソーセージの行商をしているウェインと申します。
幸いこの町の商売も軌道に乗ってきましてね。新たな土地にも手を広げたいと考えているんですよ。
で、さっそく取引してくれるお客さんを見つけたので、今回はそこに初めて配達に行くことになりました。ただ道中の安全がよく分かっていないんです。盗賊や野獣に襲われる可能性もあるので護衛していただきたくて依頼をお願いしたわけです。何か質問などありますか?」
ルナはたずねた。
「目的地まではどのくらいの時間がかかるんですか?」
「荷馬車で三日間かかるようです」
「じゃあ、荷馬車で移動するんですね。私たちもそれに乗っていいんですか?」
「ああ、もちろんです。荷物は荷馬車で運ぶのですが、荷台の前方に座席も用意します。皆さんはそこに座って移動していただいて、何か問題があれば即座に対処する、とそんな感じでお願いしたいと思っています」
「分かりました。出発はいつになりますか?」
「できれば翌朝、早いうちに出発したいのですが、大丈夫ですか」
冒険者たちにはうなずくと、明日の早朝、雄鶏亭の前で落ち合う約束をしてそれぞれ宿の部屋で眠りについた。
テオの村へ
翌朝早く、怒れる雄鶏亭の前でウェインと待ち合わせた冒険者たちは荷馬車の席に乗り込み、行商の旅に出発した。最初の二日間は特に問題もなく馬車は進んでいった。三日目になると丘陵地帯に入り、上り坂と荒れた道、林や茂みのせいで馬車の進みがゆっくりになっていた。茂みにおおわれた道の先は見通しが悪く、馬もビクビクしながら進んでいるようだった。
ひときわ薄暗い小川のほとりの道に差し掛かったあたりで、エリーとルナ、ロビーは周囲の怪しげな気配を感じとり、お互いに目配せをした。そしてウェインに合図して馬車を止めさせると素早く荷馬車から飛び出した。それを見たパスカルも何が起きているのか分からないまま一緒に馬車を降りた。
そこで冒険者たちが目にしたのは、大量のネズミだった。荷馬車を取り囲むように何十匹というネズミが集まりつつあった。一瞬、ネズミたちは様子をうかがうように動きを止めた後、一斉に荷馬車の荷台に飛び込み、荷物のチーズにかじりつき始めた。ウェインは慌てて荷台に移り、ネズミたちを追い払おうと必死に腕を振り回していたが、ネズミの数が多く、チーズが食べつくされてしまうのも時間の問題に見えた。
そんな中、大量のネズミたちに混じって、異様に体が大きい個体が数匹いることに気づいた。ジャイアント・ラットだ。ジャイアント・ラットは様子をうかがうようにネズミたちの後ろで控えている。おそらくこいつらが群れを率いているのだろう。そう目星をつけると、冒険者たちは武器を構え、戦闘態勢を取った。
ジャイアント・ラットとの戦い
ジャイアント・ラットたちは荷馬車の前方に二匹、後方にも二匹いた。荷物を守るために冒険者たちも手分けして対応することにした。前方にはファイターのエリーとローグのロビーが向かった。後方ではクレリックのルナとパラディンのパスカルがにらみをきかせている。
先手を取ったのはエリーだ。素早く右に回り込むと充分に間合いをとってからロングボウで一匹のラットを射抜いた。胴を矢で貫かれたラットはキュウと小さく鳴いて動かなくなった。
ロビーは素早くもう一匹のラットに近づくとダガーを突き出した。ラットはサッと身をかわしその刃を避けた。ロビーはあまり真剣にやる気がなさそうだった。
その油断を見て取ったか今度はラットがロビーに噛みついた。ロビーは腕を傷つけられてしまい、舌打ちをした。
「痛っ!ちくしょう何だっておれがこんな目に」
後方ではパスカルがラットたちの噛みつき攻撃を軽くいなしていたが、ロビーのやる気のなさに声を荒げた。
「おいロビー、もう少しまじめにやれ!」
「私が回復してきます」
そう言うとルナはラットたちをパスカルに任せて馬車の前方に回り込んだ。ロビーに手を触れてキュア・ウーンズを唱えた。ロビーの腕の傷が見る間にふさがっていく。ロビーはちらりとルナを見るとかばうようにラットの前で身構えた。
間合いを取っていたエリーは再度弓を引くと、慎重に狙いを定めてロビーの目の前のラットを一撃でしとめた。
「おいおい、おれにも獲物を取っておいてくれよ」
そうぼやくとロビーは荷馬車の横に展開して、ショートボウに持ちかえるとパスカルに襲い掛かっているラットに矢を射かけた。しかしパスカルの盾ともみ合いをしているうちにラットの位置がずれたため、矢は命中せず地面に突き立った。
ジャイアント・ラットはなんとかパスカルを攻撃しようと襲い掛かっているが、堅い守りの前に何もできないでいた。
ルナはパスカルの横に戻ってくると構えていたメイスを振り下ろした。メイスはラットに命中し、かなりのダメージを与えたようだ。ラットがふらついたそのすきに、パスカルはバトルアックスを渾身の力で打ち込みそいつの息の根を止めた。
残りのラットも遠方から放たれたエリーの矢とロビーの矢を同時に受けて力尽きていった。
ジャイアント・ラットを全て倒したことで、荷物に群がっていたネズミたちも一斉に引いていった。後には喰い破られたチーズと呆然とした顔のウェインが残された。
「……なんてこった。なんなんだいったい。あんな大量のネズミは初めて見たぞ。くそっ、チーズがやられてしまった」
大きなチーズの包みが2つほど喰い破られている。もう売り物にはならないだろう。
「しかし皆さんがいて助かった。数は減ってしまいましたがまだチーズは残ってますし、命も残っています。生きていればまだ商売は続けられますからね。ひとまずここは先を急ぎましょう」
一行は荷馬車に乗り込むと残りの峠道を一目散に駆けていった。幸いなことにそれ以上の事件はおこらず、無事にテオの村に入ることができたのだった。
つづく