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間違い電話をかける

家族がぶどう狩りをしたいというので、まあ行けないことはない、という距離にある果物農園に電話をかけた。そうしたら、今年はあまりよいできではないので、ぶどう狩りはしていないと電話口のそのひとはおっとりと言う。
「ぶどう狩りはありませんが、りんご狩りならありますよ」
りんご。りんご?
うちの県内で、たぶんりんごは狩れるほど獲れない。
「あの、ほんとうにすみません。わたし、どこに電話をしていますでしょうか」
「山梨です」
山梨! 
車だろうか、新幹線だろうか、何をどう乗り継げばたどりつくのか、瞬時にはわからないぐらいうちからは遠い!
それで、事情を話して謝罪をし、電話をきったのだけれども、山梨の農園のその方は、とてもやさしい声だった。やさしくて、穏やかだった。電話をしたのは、数分もなかったけれども、山梨という場所と思いがけず突然につながって、言葉をかわしたということが、なにか奇跡的なことのように思った。
ほんとうはもっと話をしたかった。ぶどう、残念でしたね、とか。りんご、大好きです、とか。そちらはもう秋らしくすずしい風がふいていますかとか、こちらはようやく夜に虫が鳴きはじめましたとか。

固定電話を家に置いていたせいか、昔はよく間違い電話がかかってきた。
しらない方言の、しらないテンションでしらない名前で呼びかけられて、間違っているのは向こうなのに、いつもこちらが怯んだ。忙しいときに、手をとめて走って受話器をとり、それなのに結局間違い電話のしかも営業の電話であることが多くて、「いえ違います」と言いながら、もう、なんだようという気持ちにもなったけれども。

ヨネヤマさんですか、というのがよくあるパターンだった。おそらく前にうちの番号を使っていた方が、ヨネヤマさんという方であったのであろう、またヨネヤマさんかと思いながら、「いえ違います」と電話を切った。
ヨネヤマさんは、投資を勧められることが多かった。
お墓の購入を案内されることもあった。
化粧品メーカーからもヨネヤマさん宛てに営業の電話がかかってきたので、もしかしたらご高齢の女性なのだろうか、と勝手に想像したりしていた。

ある日、ヨネヤマさん宛てに留守番電話がはいっていた。営業ではなくて、どうも個人的なお友達のようだった。またかけますね、という留守番電話のとおり、数日後にまた留守番電話が入っていた。またかけますね、と同じように言うのだった。
数日後に、ようやくその女性からの電話をとることができたので、「すみません。うちはヨネヤマではないのです。たぶん前に使っていた方のお電話番号です」と告げたとき、はっと相手が息をのむのがわかった。
ほんもののヨネヤマさんに、本当につなげてあげたかった。

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