深淵なる合意形成の世界【Design 3.0 の道標】
前回の記事では多様性/多様な視点の重要性について、マシュー・サイド著「多様性の科学」からポイントを引用してご紹介しました。
おそらく、多様性の大事さについてはご存じの方も多いと思いますし、取り組んでいる企業さんも多数いらっしゃるのではないかと思います。しかしながら、多様な視点の対になる概念を語られているソースを私はあまり見たことがありません。そして、これが Design 3.0 を形成するデザイン態度において非常に重要な役割を持ちます。
※ Design 3.0 の定義についてはこちらを参照ください。
合意形成論抜きに多様性を語るべからず
結論から申し上げますと、多様な視点の対になる概念とは「合意形成」です。まずは、なぜ合意形成が大事かについて説明したいと思います。
次の図をご覧ください。
こちらは2004年にブリティッシュ・デザイン・カウンシルが発表したダブルダイアモンドの図です。一般的にデザインリサーチは Discover → Define → Develop → Deliver の4つのフェーズからなると説明されています。
※デザインリサーチのプロセスについては下記の参考図書をご参照ください。デザインリサーチについて、網羅的にわかりやすく説明された良書です!!
4つのフェーズと言いつつも、発散系と収束系を2回繰り返しており、1回目は課題、2回目は解決策に対して行います。(実際はイテレーションを回す必要があるので2回と言わず何回も回すのが正しいのですが。)上の図では赤い三角形が発散系、青い三角形が収束系を示しています。一度アイデアを広げてから、絞り込むことを模式的に表現しています。縦軸はアイデアの多様性といったところでしょうか。
※ダブルダイアモンドの図は2019年にブリティッシュ・デザイン・カウンシル自身によってアップデートされています。詳しくは上記「デザインリサーチの教科書」をご覧ください。
ここでは説明を簡単にするために1回分の発散系と収束系に注目します。
さて、多様な視点が影響するのはどちらでしょうか?
そう、発散系です。視点が多様になればなるほど、様々な角度から物事を捉えることができるのでアイデアが発散していきます。
しかし、アイデアが多く出れば出るほどそれを絞り込むことがいかに難しいか、皆さんもご経験があるのではないでしょうか?
多様な視点によって発散したアイデアを収束させる方法、つまり合意形成の手法が非常に大事になってくるわけです。
合意形成手法あれこれ
あまり良くない合意形成の例①多数決
意外とやりがちなのは投票による多数決です。時間が限られたワークショップでは仕方なくやることはありますが、基本的に投票は最後の手段です。なぜなら、斬新なアイデアに対して凡人は漠然とした不安を覚えます。そして、凡人は理解可能な(安心する)アイデアに票を入れるからです。それによって、天才は殺されてしまうのです。
※詳しくは「天才を殺す凡人」を参照ください。こちらの記事でも「天才を殺す凡人」を紹介しています。
そもそも多数決という手法自体は、(あまり知られていないかもしれませんが)実は欠陥を抱えていたりします。
あまり良くない合意形成の例②熟議
一応伝えておきますが、理想は熟議です。特にまちづくりの分野などでは、ステークホルダー間で互いの理解を深め関係性を作っていくことが必要なため議論が重要視されます。
しかしながら、これは非常に時間がかかります。参加者(の視点)が多様であればあるほど時間を要するのです。少人数の志を共にするスタートアップであればそこまで時間はかからないかもしれませんが、大企業での新規事業/新商品開発で熟議を行っていては時間がいくらあっても足りません。その間にライバルに先を越されたり、課題が古くなってしまったりしてしまいます。
何より、実験を行わずに議論を行うと、過去の経験やそれを基にした推論でしか議論できないので、秀才のロジックでガチガチにされてしまうか、どんどん凡人の結論へと収束していってしまいます。そのため、もし目的がイノベーションであれば熟議は合意形成手法として不向きです。
あまり良くない合意形成の例③特定の誰かに依存
これも企業、特にピラミッド型組織でよくおこることですが、誰かに決めさせることです。それはいわゆる”声の大きい人”だったり、組織責任者だったりします。
もちろん組織の未来がかかっているわけですから、責任者が責任を持てるように納得性が求められることは確かです。しかし、物事をフラットに判断できる人はなかなかいません。歴史ある企業の管理職ほど生存者バイアスから逃れるのは容易ではありません。ましてやその人は課題の当事者ではないですし、未知/未来のことに関してとなるとその判断は非常に難しくなります。そのため、判断のピントがずれる恐れがあります。
その他の合意形成手法
WIRED Vol.42で、その他の手法についても紹介されています。多数決の欠陥を改めるために Liguid Democracy や Quadratic Voting などがありますし、今となっては有名となられましたが、イェール大学の成田悠輔先生の寄稿で無意識データ民主主義も載っております。ちょっとここでは長くなるので紹介するのをやめておきます。
最も避けたいのはチームがバラバラになってしまうことです。これではメンバーが皆バラバラの方向を目指してしまい数の利(シナジー)が生まれません。
おすすめの合意形成手法①多様決
それではどうやって合意を形成するべきかという話になりますが、大前提として「リーンスタートアップ」や「学習する組織」が組織文化として根付いていることが必要です。つまり、未知のことは判断できない、未知ならば確かめるしかない、そのために小さく実験して確かめてみよう、というスタンスです。
ひとつ目の手法ですが、先ほどご紹介した「天才を殺す凡人」では、凡人が斬新なアイデアに不安にを覚える特性を逆手にとって、狭くて深い支持と同時に広くて浅い反発も収集する手法が提案されています。そして、その割合が1:9~2:8になるものが業界を覆すような破壊的なイノベーションになる可能性があるとのことです。この比率はイノベーター理論から来ています。
理論的にはなるほどと思わされます。しかし、ワークショップや会議中に狭くて深い支持と広くて浅い反発をどうやって定量化すればいいかということになるとなかなか難しいのではないかと思います。一人ひとりが各アイデアを10点満点で評価するデジタル投票ツールがあって、コンピュータで集計すればできるかもしれませんが、付箋とサインペンのワークショップ現場では難しいでしょう。それより何より、敢えて反対票の多い案を結論とすることはなかなか参加者の合意が得られないと思います。
そこで、もう少し実践的な方法として「多”様”決」という手法があります。これは「リサーチ・ドリブン・イノベーション」などで紹介されています。
やり方は簡単です。ワークショップ参加者に「イイね」を意味するシール(例えば赤)と「ヤバいね」を意味するシール(例えば青)を同数ずつ配り、各アイデアに投票してもらいます。その時に「イイね」の数と「ヤバいね」の数の掛け算がそのアイデアの得票数になります。例えば、アイデアAが赤3青3なら9ポイント、アイデアBが赤5青1なら5ポイントになります。従来の多数決であれば賛成票の赤シールだけをカウントしますので、アイデアBの勝ちです。しかし多様決では違います。意見が割れるアイデアAが勝ちになります。
ここで「勝ち」という表現を使いましたが、これは語弊があるかもしれません。票が割れる、つまり意見の分かれるアイデアを抽出するのが目的だからです。敢えて意見の分かれるアイデアを選ぶのは、少数派(天才)の意見を殺さないためと、そこに集団的な認知としての”違和感”があるからです。そして、その違和感には天才だけが気付いたブレイクスルーを生むきっかけが潜んでいる可能性があるからです。
そして、多様決で決めるものは結論ではありません。議論や実験を行う順番です。その違和感の正体が何かを突き止めるために、新たに実験を行ったりデータを集めたり議論を行ったりすることで、ブレイクスルーに結び付きやすくするのです。
おすすめの合意形成手法②仮説マトリクス
仮説マトリクスについてはこちらで詳しく紹介されています。また、名和先生の書籍「コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法」にも同様のフレームワークが出てきます。ただし、後者では特に名前がありませんでした。
やり方は、
①各アイデアを重要度で一意に順位付けする
②各アイデアを不確実度で一意に順位付けする
③縦軸に重要度、横軸に不確実度をおいたマトリクスにプロットする
④重要度と不確実度が高い案を選ぶ
例えば、次の図のようになります。
より具体的には、重要度はカスタマー・エクスペリエンス人材がいるなら彼らを中心に評価してもらいましょう。不確実度はテクノロジー人材に技術的な難易度で評価してもらいましょう。
そして、
重要度:低x不確実度:高 → リターンが低い割にリスクが高いので論外
重要度:低x不確実度:低 → リスクは低いが旨味も少ないのであと回し
重要度:高x不確実度:低 → 低リスク高リターンならとっととやるべき
だがライバルが先手を打っている可能性も
重要度:高x不確実度:高 → ここにイノベーションのヒントが眠る
つまり、こちらも議論や実験を行う順番を決めるための手法です。そして、いかに右上の象限のアイデアを素早く検証可能なカタチに分解できるかが勝負所になるのです。
Design3.0の構成要素②クリエイティブな合意形成
いかがでしたでしょうか?合意を取るべきは実験検証すべきアイデアの優先順位であり、結論ではありません。なぜなら、実験検証で必要十分なエビデンスがあれば議論をする必要がないからです。VUCAの時代に不確実なことに不確実なまま挑むのはリスク以外の何物でもありません。それをどれだけ小さく早く確実なものにしていけるかが勝負なのです。そして、そこにはプロトタイピングが欠かせないのですが、それはまたいずれ記事にしようと思います。
ということで、早く小さく実験検証を行いながらエビデンスを積み上げて結論を導いていくことを前提に、違和感や不確実性を包含して合意形成を行うこと、これを「クリエイティブな合意形成」と名付けDesign 3.0の構成要素①視点の多様性と対を成す要素②として右側に配置しました。
ではまた。