文学愛のオアシス。小高区のブックカフェ「フルハウス」で味わう至福の時間
「気になる本があったらぜひ手に取って席でご覧になってみてくださいね」
作家・柳美里さんがオープンしたブックカフェ「フルハウス」は、JR小高駅から歩いて3分ほどの場所にある。
外の景色を吸い込めそうなほどに大きなガラスで作られたドアを開けて店内に入ると、大きめの四角い本棚に高さの違うたくさんの本が並んでいる。
地元の方の明るい声でにぎわう店内。
ホットコーヒーをひとつ注文し本棚を眺めていると、マスク越しでも笑顔が伝わってくる爽やかなお兄さんが声をかけてくれた。
「気になる本があったらぜひ手に取って席でご覧になってみてくださいね」
並んでいる本は購入もできるが、買わずとも席で読むことができるらしい。
よくみると、空いた本棚のスペースから挨拶をするように、手書きと思われるコメントが紹介されている。
爽やかお兄さんにお話を伺うと、柳美里さんと交流のある作家さんが、オススメの本を20冊選書し、コメントを書いてくれたようだ。
角田光代さんをはじめ、著名な作家さんのコメントが、その存在感を放ちながらところどころに空いた四角い空間を埋めている。
「これだけのひとたちと交流があるなんて、さすが柳美里さんだなぁ・・・」
そう呟きながら本棚を眺めていたそのとき。
「…!!」
見つけてしまった。
数年ぶりの年末年始帰省チャンスより、フェスに参加することを優先したほど大好きなバンド、クリープハイプ。そのボーカルを務め、作家としても活動している尾崎世界観の選書した空間。
尾崎世界観の家にある本棚の1区画がいま、目の前にある。
「これらの本が今の尾崎さんをつくったんですね」
心のなかのエアー尾崎世界観に話しかけて同意を得る。
ひとしきり感動して満足すると、選書された本棚から1冊を手に取り、席に戻ってコーヒーをいただいた。
「元々はぼくも大阪に住んでいたんですよ」
席を片付けていた爽やかお兄さんに、コーヒーを飲みながら大阪から観光に来たことを告げると、そう答えてくれた。長いこと大阪に住んでおり、最近ここ南相馬市小高区に引っ越してきたらしい。
移住して約1年になるという。
「移住して感じた、小高区の魅力ってどんなところですか?」
震災の影響で避難を余儀なくされ、一時は誰も住めなくなった小高区。移住者だからこそ気づける、客観的な魅力がどんなところにあるのか気になった。
「ひと、ですかね」
続けて爽やかお兄さんは話す。
「地元のみなさんがすごくよくしてくれていて、みんな本当の母のように接してくれるんですよ」
言われてみると、出ていくお客さんはみんなお兄さんに一声かけていた。その距離感はただの店員と客、というより、もっとぐっと近い間柄だったように思う。
きくと、お客さんが同じ地域で他のお店をされてたりするそうで、そのお店が忙しいときは手伝いに行ったりしているとのこと。
お兄さんの人柄もあってのことかもしれないが、交流する中でみなさん本当の母親のように接してくれるそうだ。
都会だとどうしても地域の住人ひとりひとりとの距離感は遠くなりやすい。大阪は地域がら親しみやすい人が多いが、母のように接してくれるひととなるとちょっと思い浮かばない。
警戒区域が解除され、少しずつ居住人口を増やしつつある町だからこそ、ひととの繋がりを大切にしているのかもしれない。
「この辺で遊べるスポットとかありますか?」
「近くで晩御飯食べるならどこがオススメですか?」
「震災について勉強したいんですが、そのような場所はありますか?」
ぼくのする矢継ぎ早の質問にもすべて優しく回答してくれた爽やかお兄さん。小高区の魅力がひとであることを、自ら証明してくれたように思う。
あれこれ話をしているうちに、日が傾きはじめる。お兄さんに感謝の意を伝え、今夜の宿に向かうため、フルハウスを後にした。
尾崎世界観の本棚から取り出した1冊には、今夜ハイボールとともにどっぷり浸ろうっと。