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「青いうさぎの住む世界に飛び込みたくて」絵画教室で未体験のデッサンを学んできた。

#エッセイ
#ブルーピリオド
#絵画教室
#デッサン


「あなたが青く見えるならりんごもうさぎの体も青くていいんだよ」


知ってる人も多いかもしれないが、「ブルーピリオド」という漫画がある。

成績優秀かつスクールカースト上位の充実した毎日を送りつつ、どこか空虚な焦燥感を感じて生きる高校生・矢口八虎(やぐち やとら)は、ある日、一枚の絵に心奪われる。その衝撃は八虎を駆り立て、美しくも厳しい美術の世界へ身を投じていく。美術のノウハウうんちく満載、美大を目指して青春を燃やすスポ根受験物語、八虎と仲間たちは「好きなこと」を支えに未来を目指す!

冒頭のひとことは、主人公の心を奪った絵を描いた美術部の先輩が、主人公に伝えたことばだ。

勉強で左脳ばっかり鍛えてきた頭でっかちなぼくに、これまでうさぎが青く見えるなんてこと1度もなかったし、かわらず頭でっかちで生きていくならきっとこれからもうさぎが青く見えることはないだろう。

左脳に染まり切った、論理と数字で描かれた世界を生きるのも悪くはない。それはそれでおもしろそうだ。

一方で、小難しいことなんて考えずにもっと感覚的に生きていきたいなと思うことも多々あった。やる意味なんて考えず、楽しいと感じることに身を投じて生きていけたらどんなにハッピーだろうか。

子どもをみているととくにそう思う。子どもたちは遊びの天才で、どんな場所でも数人集まるとすぐに遊び出す。ときに大げんかし、仲直りしては笑い合う。

感覚の世界で生きている。

大人になる程、理性が働き、というか働かせざるを得なくなり、感覚の世界からどんどん遠ざかってしまいがちだ。

結論はこうで、根拠はこれ。こういう懸念点があるけど、こうすれば解消できるはず。効果が出るまでの期間はこれぐらいを見込んでいる。

左脳をたっぷりと働かせ、ロジカルな考えをもつことはとても大事なんだけど、左脳の世界にどっぷり浸かりすぎると、人生を感覚的に楽しむことがわからなくなってくる。

「やりたいことがわからない」、という大人が多いというが、左脳の世界にのみこまれてしまったことが要因なんじゃなかろうか。

「うさぎって青く見えるね」

なんていって、優しく共感してくれるのは酒井法子さんぐらいな気がする。

こどもたちのようにもっと感覚の世界で生きていきたい。

音楽、絵画、書道、写真、文学といった芸術は、感覚の世界を取り戻すにあたりとても良さそうな気がした。ロジックの要素もからむものの、それだけでは表現しきれない世界だからだ。

大好きなブルーピリオドに影響を受け、2022年はイラストにチャレンジすることにした。



自分ひとりでやるのもいいが、学びはじめは教えてもらった方が上達がはやい。基礎も身につきやすいし、一緒にがんばるひとがいた方が挫折もしにくくなる。

「大阪 絵画教室」

検索結果の上に表示されたものをいくつか見比べ、独断と偏見でよさそうな絵画教室を選んだ。

家から電車で30分以内、週1 (月4回) 通って8,800円。お財布事情を見てもうれしい範囲だ。よしよし。ここにしよう。

どうやら無料で体験教室を開催してくれているようだったので、まずは体験しに行ってみることにした。



体験教室の日。

教室に入ると、小学生から大人までそろってキャンバスに向き合っている。

お話を伺うと、小学校低学年から80代ぐらいまでの生徒さんが通っているという。なんと幅広い。

感覚の世界の住人になるのに、どうやら年齢は関係ないらしい。青いうさぎたちがたくさんいる。ここにいる人たちはみんな酒井紀子さんだ。

みなさん、青いうさぎがもう1羽増えますよー、よろしくお願いしますねー。

・・・なんてしょうもないことをぼやきながら、案内された席につく。

体験入学の内容は、りんごをデッサンすることだった。

小学2年生のときに通っていた歯医者さんの待合室に、りんごのデッサンが飾られていたのを覚えている。

「リンゴを描いてなにが楽しいのかねぇ…」と、7歳にしてすでに感覚の世界から離れつつあったひねくれたガキンチョだったが、時を経てまさか自分がそのりんごをデッサンすることになるとは・・・。

人生とはなにがあるかわからないものだ。

デッサンは、まず鉛筆を削ることからはじまる。

といっても、小学生のころのように、学習机に置かれた鉛筆削りを使って鉛筆の先をシャープに削り上げる、というわけではない。カッターを使って、手作業で削りあげる。

文字を書くときよりも多めに芯を露出させることで、幅広く線を描けるようにするとのこと。太い線から細い線まで自由自在、ってわけだ。(うまくなれば)

初心者のぼくはどれぐらい削ればいいのかよくわからなかったので、見よう見まねでカッターで削り、ときに「こんな感じですか?」「これであってます?」と尋ねながら鉛筆を削っていった。

「まったく、これだから左脳にどっぷり使った人間ってやつはこまる。”合ってる”とか”合ってない”とかじゃないんだよ。君がそれでいいと思ったなら、それが正解なんだ。」

ときにささやく心のなかの青いうさぎにフィードバックを受けながら、なんとか鉛筆を削り上げた。

「それではりんごを描いていきます」

いよいよりんごをデッサンしていく。

といってももちろんデッサンなんてこれまでやったこともないし、なんなら口にしたのも初めてというレベルだ。

デッサンを始める前に先生がいくつかコツを教えてくれた。

・輪郭線はない
・どこから光が当たっているかを意識する
・線を重ねて影を表現する

ざっとこんな感じ。

輪郭線というのは、一番外側の線のことだ。

マンガなどでは分かりやすくふちどりというか、外側の線をしっかりかく。顔でフェイスラインのようなもの。

デッサンにおいては、このような輪郭線は描かないとのことだった。正確にいうとそういった線は存在しないから、描かないらしい。

描いていくと自然と「りんご」と「りんごじゃない部分」に分かれるので、結果的にそれが輪郭線になるというお話だった。

ほう。俺がお前で、お前が俺で、的なあれか。

わかったようなわからないような顔をしながら、次のポイントを聞く。

物体には光が当たっていて、光の当たり方で色の濃淡が決まる。光が当たっている部分は薄く、当たっていない部分は濃く、この濃淡は力の入れ具合で表現するのではなく、線を重ねることで表現する。

線を重ねるほど色は濃くなるので、影の部分は何重にも線を重ねるイメージで描くといい。りんごはまん丸ではないから、光の当たり方を確認しながら面を意識して、濃淡をつけてみて、とのこと。

・・・うん。そろそろわからなくなってきた。

左脳と右脳の比率が琵琶湖と水溜りぐらいのぼくは、とりあえず鉛筆を走らせながら感覚的に覚えてみることに決めた。

取り掛かろうとしたとき、同じように過去に体験教室にきたひとのデッサンを見る?と先生が提案してくれた。

これは助かる。

なにしろぼくの記憶にあるデッサンは、小学2年生のときにみた歯医者の待合室に飾られていたあれなのだ。

手本がないと正直どう書いたらいいのかわからない。

それに教室内にいた小学生や中学生がキャンバスに描いていたデッサンをチラ見していたのだが、みんなびっくりするぐらいうまかった。

最近の小学生は1時間目から6時間目まで美術で時間割り構成されてんの?っていうぐらいうまい。

去年 Instagram を利用してイラスト模写を練習していたのだが、デッサンを始める前にすでにその自信は失われかけていた。

ここらでデッサン初心者の絵を見せてもらって、少し自信を取り戻しておくのも悪くない。

そういうわけで見せてもらったデッサンがこちらだ。

画像1

???

・・・おいおいおい。

青いうさぎたちはどんな世界で生きてきてんの?生まれたときからデッサンという能力を携えてんの?

激うまじゃん。もうこれ体験教室で卒業できるじゃん。入った時点で四天王じゃん。

顔色だけは青いうさぎになったぼくは、派手に自信を失ったままデッサンを始めることになった。

夢中になりすぎて写真を撮るのを忘れちゃったので、やってみた感想を言おう。デッサンものっそい難しい。

みたまんま描いているはずなのに、気がつけばテーブルに置かれたりんごとぼくのキャンバスに描かれたりんごは、彦星と織姫くらい相容れない関係になっていた。

とくに影の濃淡の付け方がむずいのなんのって。

光の当たり方をちゃんと意識して描いたはずが、2時間半もりんごをみていると、次第に脳がゲシュタルト崩壊してくる。

あっちからもこっちからも光が当たっているように見えるし、どこにも光が当たっていないようにも見える。

気がつけばキャンバスの上のリンゴは、「真っ黒ななにか」になっている。

やわらかさなど微塵も伝わらない、鉄のリンゴだ。

こんなリンゴをかじろうものなら歯が砕ける。歯医者さんの待合室にりんごのデッサンが飾ってあったのはそういうわけだったのだ。(絶対にちがう)

とにもかくにもこのままだと鉄のりんごになってしまうので、一度消しゴムを使ってリセットしなくてはならない。

先生が近くにきてそっと消しゴムを渡してくれた。

でも、渡されたのは普通の消しゴムではない。「練り消し」だ。

練り消しなんて、それこそ小学2年生以来ぐらいに触ったのが最後。まさかこんなところで再開するとは・・・。

コーラの匂いがする、授業中にビヨンビヨン伸ばして遊ぶためだけのツールだと思ってた。

練り消しを使うと、自然な感じでデッサンの斜線をうすーくしてあげることができる。

落としたらマントル突き抜けて地球の反対側まで繋がってしまいそうなくらい硬くて重そうだった鉄のりんごが、練り消しを使うことでだんだん白みを取り戻していく。

描いては消し、描いては消しを繰り返し、ぼくのはじめて描いたリンゴのデッサンができあがった。

画像2

最初に見た四天王がすごすぎて、なんだかへこんだけど、初心者はまぁこんなもんじゃないかと思う。

これから少しずつ、青いうさぎたちの世界で生きていけたらいい。

22時をすぎた駅でひとり、あたたかいココアを買って月を見上げながら、満足げにそんなことを思い、帰路についた。


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