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《司会、入ります!》 スピンオフ/晴れの日
司会、入ります! ウェディング司会・松乃美咲 スピンオフ小説2
《晴れの日》
◇◇◇
「このたびは、おめでとうございます」
新郎新婦が待つ打ち合わせの席に着いた私は、いつもどおり笑顔で挨拶した……のだが。
迷惑そうな顔で、いきなり新郎が顔を背けた。
隣に座る小柄な新婦が、私と新郎を交互に見て、困ったように視線を落とす。
一カ月後に都内ホテルで披露宴を控えているカップルにしては、険悪なムードだ。
新郎新婦……寿《ことぶき》の多くは、二時間半の披露宴が「進行表」という形に整えられる、この司会者との初顔合わせを、心待ちにしてくれている。
でも、いま目の前に座るふたりは、その多くには当てはまらない。
「初めまして。婚礼司会の、東条まどかと申します。これより一時間、お打ち合わせのお時間をちょうだいします」
名刺を差しだすが、新郎は手も伸ばさない。仕方なく、自分の名刺をそっとふたりの前に置いた。
年間80件近い婚礼を担当する私でも、ここまでの不機嫌にはお目にかかったことがない。
でも司会に与えられた事前打ち合わせは、この一時間のみ。「ご気分が優れないようでしたら、別の日に改めますか?」は、可能なかぎり言いたくない。延期やら、やり直しやら、忌み言葉を連想させる提案は禁句だ。
気を取り直し、目の前の寿を見てみれば。
新婦は申し訳なさそうに、チラチラとこちらを気にしてくれるが、新郎に至っては目も合わせないどころか、新婦の顔すら見ない。
……ケンカでもした?
コーディネーターから先ほど受け取ったオーダーシートによれば、新郎新婦入場後、寿からのウェルカムスピーチは……ご不要。主役の挨拶ナシで宴スタートとは珍しい。
ケーキ入刀も、まさかの不要。余興も不要。お色直しも謝辞も不要。未定ではなく、不要、不要、不要……。
不要、という打ち消しの言葉が随所に書きこまれているのは、コーディネーターが寿に意向を確認した証拠。ここまでやる気のない……よく言えばシンプルなオーダーシートは初めてだ。
ということは、不機嫌は今日に始まったことではない、ということか。
ひとまず私はA4サイズの進行表をテーブルに広げ、ペンを手にした。
「では、打ち合わせを始めましょう。披露宴の冒頭で日付をご紹介する際、西暦に続いて元号も入れますか? どちらも記憶に残るように」
新婦が新郎の上着の袖を引っぱる。入れてもらう? と訊ねる口調が愛らしい。見ている私の心も和む。
やはり打ち合わせは、こうでなくちゃ。いまから私たちは最高に幸せな二時間半のパーティーを創りあげるチームなのだから、楽しまないと!
だが新郎の返事は、私の予測から大きく外れた。
「適当でいいっす」
私は目を丸くした。適当でというのは、なんでもウエルカムという意味か、面倒くさいから投げたのか。……確実に後者だ。
「別に俺は、どうでもいいんで」
ダメ押しの補足に唖然とした。この切り返しは初めてだ。
「主役は新郎新婦ですから、おふたりのご希望をお聞かせください」
促すと、新郎がため息をついた。
「親がやりたいだけなんですよ、親戚への体裁を気にして」
ぽかんとする私に、新郎がぼやく。
「俺らは入籍だけでいいっつってんのに、金は払うから披露宴をやれ、親類だけでも呼べって、マジうるさくて。勘弁してくれって感じです」
不機嫌の理由が明確になった。確かにそれはヘソも曲がる。
だからといって同情はしない。なぜなら、隣席の新婦に……生涯をともにすると決めた相手に悲しい顔をさせるなんて、いかなる理由でも許しがたい。
ただ、家族には家族の事情がある。そこへ至る歴史や背景もある。
だから、余計な口を挟むつもりはない。お節介も控える。ご両家が望む披露宴を叶えて差しあげる、それが私の仕事だから。
「当日、俺らは黙って座ってるんで、司会者さんの好きに進めてください。披露宴さえやれば、親は、それで満足ですから」
同じ意見ですか? との思いで新婦を伺うが、逃げるように目を伏せられた。物静かな女性だ。でも新郎に反論できないのではなく、彼のことが好きだから、彼の気持ちを理解した上で従う、そんな意志が伝わってくる。
わかりました、と私は返した。
ケーキやギフトのセレモニーを提案するのは簡単だが、追加費用もかかるため、却って迷惑になる場合もある。それに、そんな提案なら、最初にコーディネーターが済ませている。
私にできるのは寿を諭すことではなく、ふたりの味方でいること。
なにもしたくない新郎と、黙って彼に従う新婦を肯定すること。これ以上マイナスな言葉を新郎に語らせないこと。なによりも、新婦のために。
でも、そうして完成した進行表は空欄ばかりで、やけに寂しい。
コピーを渡し、「これで進めさせていただきます」と打ち合わせ終了を伝えたとき、新郎以上に新婦が顔に安堵を穿いた。
私は敢えて、新婦に訊ねた。
「ご親族は、お酒は嗜まれますか?」
「え? あ……はい。お爺ちゃんが、お酒大好きです」
「でしたら、おじいちゃま孝行できますね。お料理やご歓談、ゆっくりお楽しみいただけますよ」
ハッとした顔で新婦が私を見、そして「そうですよね!」と声を弾ませた。
「私の親族もですけど、タカちゃんとこも、お父さんがお酒好きなんです。ね? タカちゃん」
これまで一度も笑顔を見せなかった新郎・タカちゃんが、新婦の笑顔につられたか、勢いに呑まれたか、数回小さく頷いた。そしてハッとした顔で私を見て、気まずそうに咳払いする。
「あー、まぁ。俺の親父も酒は好きかな」
そう言ったあと、「みんなで呑んで話せたら、それでいいっす」と、この進行表への賛同と納得の言葉を添えてくれた。
あれもこれもと演出を詰め込むばかりがパーティーではない。この内容で行くと決めた理由を言葉にして差しあげるのも、司会者の務めだ。
ひとつの空間で、ご両家がゆっくりお過ごしになる。それを最優先した結果と考えれば、きっと、ご両家にとって晴れの日になる。
────と、安心していたのだが。
◇◇◇
披露宴当日、波乱が起きた。
「余興がひとつもないって聞いたから、それじゃあマズいと思ってね。これ、映してもらえないかしら。ほら、よくあるでしょ? スライド上映っていうの? あれ、できるでしょ?」
知人の娘さんの披露宴で、こういうの見たのよ〜と、音響係に紙焼き写真を押しつけているのは、なんと新郎のお母様!
早めに会場入りしてキャプテンと進行確認をしていた私は、お母様にご挨拶しつつ、それとなく訊ねた。新郎はご存じですか? と。思ったとおり「まさか!」の返事。
「言ったら、あの子に叱られますよ。でも余興がないなんて、親戚に対して恥ずかしいじゃないですか。でしょ?」
私は頭を抱えそうになった。でもキャプテンが断るはずだ。「当日持込はムリです」と。それなのに。
「できますよ」
「キャプテンッ!」
飛びあがったのは音響係。さすがの私も顔が引きつる。
やれるよね? と音響係に特急作業を押しつけるキャプテンの、笑顔の目力が半端ない。無言の威圧に、音響係が早々と敗北する。
「……スキャンしている時間がないので、スマホ接写の画像アップでよろしければ」
いいのいいの、それで充分! と、お母様が音響係の背を叩く。
「解像度、かなり粗くなりますが」
いいよいいよと、キャプテンも首を縦に振る。キャプテンがOKなら受けるしかない。わかりましたと私も応じた。
だがキャプテンの気持ちは理解できる。なんでもいいから、ひとつでもいいから、心動くイベントを入れて差しあげたいのだ。新郎新婦だけではなく、なによりも多忙を縫ってご参列いただいたゲストの皆様に、ご満足いただきたいから。
「では乾杯後の歓談、一品目のお料理のあと、早々に入れますか?」
「そうしましょう。僕のキューで、アナウンス入れてください」
「はい!」
キャプテンと私の会話が終わらないうちに、音響係が作業に入る。新郎のお母様は満足そうに微笑み、親族の待つ会場入口へと向かわれた。
接写した写真をパソコンに転送し、大急ぎで繋げながら音響係が言う。
「BGMは入れます。でも写真の年代が不明なので、最後の一枚以外は順番が違うもしれません。対応よろしくお願いします!」
了解、と私はサムアップした。今日は晴れの日、祝福の日。一度受けると決めたからには、断るなんて不謹慎。不安な顔は一切厳禁。
ダメです、ムリです、受けられません……そんな否定は口にしない。
たとえ外が土砂降りだろうと、この会場内だけは、必ず晴れにしてみせる。
◇◇◇
「──……さて、皆様。ご歓談中でございますが、ここで新郎のお母様からお預かりした思い出の数々、メモリアル・フォトをご覧いただきましょう」
思い出の写真をアップすることは、事前挨拶で寿に伝えた。
新郎は目を吊りあげたが、新婦がすかさず言ったのだ。「タカちゃんの小さいときの写真? わー、楽しみ!」と。
新婦のおかげで、新郎の怒り爆発は回避できた。この新婦、控えめに見えて、意外にやり手だ……と嬉しくなる。
音響係が、一枚目のメモリアル・フォトをスクリーンに投影した。
産まれたばかりの新郎を抱っこするのは、お母様。オーダーシートに書かれていた新郎の生誕地や誕生日を、私はゲストに紹介した。
「耳を澄ませると、新郎の産声が聞こえるようですね」
私のコメントに、家族席の誰かが「ゴジラみたいだったよな」と返し、笑いが起きた。メインテーブルの新郎は渋い顔だが、新婦はずっと優しい笑みだ。
次々に写真が映しだされる中、キャプテンと目が合った。「その調子で続けて」と語る目に、了解、と私も目で返す。
「さて、こちらは屋外……キャンプでしょうか。焼きマシュマロ、こんがり……というより、焦げていますね」
ゲストがドッと笑ったそのとき、キャプテンが新郎にマイクを差しだしたのが見えた。反射的に、コメントを質問に切り替える。
「この焦げた部分も、お召し上がりになったんですか?」
答えざるを得ない質問。おいしそうですねーで自己完結してしまっては、レスポンスはもらえない。
待つこと数秒。新郎がマイクに手を伸ばした。そして。
「食いました」
この返しに、すかさず私は食いついた。
「ちなみに、どんな味でした?」
「味っつーか……、ただの炭でした」
口元を両手で覆い、新婦が笑う。ゲストたちも噴きだしている。
メモリアル・フォトは、まだまだ続く。幼稚園、ランドセル、詰め襟……。
「中学時代、教科書は教室に置いてくるタイプでしたか?」
「あー、そうっすね。カバン、めっちゃ軽かったっす」
「でもこのカバン、やけに膨らんでいませんか? 中に、なにが入っているのでしょう」
「体操着と……弁当っすよ」
新郎のマイクに手を添え、自分のほうへ傾けた新婦が、またしてもナイスアシストを繰りだす。
「お母さんのお弁当、すごく美味しかったそうです」
おい! と新郎が慌てるが、なんとも優しい照れ顔だ。新郎のお母様も……、見れば誇らしげな、いい笑顔。
最後の一枚です、と音響係が合図をくれた。
見てびっくり。写真の結びは、なんと新郎新婦が顔を寄せ合い、ピースサインをしている仲睦まじい一枚!
メインテーブルの新郎が、目を瞠る。一体どこから入手した? と言いたいのだろう。
新婦が舌先を覗かせて笑う。写真の提供者は……新婦だ。
どうやらこのメモリアル・フォトは、新郎のお母様と新婦の共謀。楽しい「いたずら」だったようだ。
サプライズならサプライズと教えてくれればよかったのに……と思ったけれど、一杯食わされたことすら、いまは心から喜べる。
「新郎がご両親から受けた愛情は、新婦がしっかり引き継いでくださいましたね。以上新郎へのサプライズ、メモリアル・フォトでした。では引き続き、お食事とご歓談をお楽しみください」
◇◇◇
お開き後、ゲストを送る寿の表情は優しかった。
打ち合わせ時のぎこちない雰囲気は、もうない。
私は送賓の最後尾に並び、ご両家と挨拶を交わした。私の顔を見るなり、寿が声を弾ませる。
「東条さん!」
その弾む声が、教えてくれた。
今日という日が寿の、「晴れの日」になれたことを。
「本日は、誠におめでとうございます」
頭を下げる私に、寿も揃って一礼する。「おかげさまで、いい日になりました」と。司会者にとってはその一言が、最高の労いだ。
東条さん、と再び呼ばれ、改めて新郎を見あげれば。
「プロ司会者の言葉って、曇っていた気持ちまで、晴れやかにしてくれるんですね」
プロの司会者でありながら。
このときばかりは熱いものがこみあげて、うまい言葉がみつからなかった。
《司会、入ります!/スピンオフ小説2「晴れの日」》 おわり
最後までお読みくださって、ありがとうございました。
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