声劇台本「毒にも薬にもならないこんなことを」
【補足と注意事項】
こちらも以前台本サイトにあげたものを声劇用に修正したものとなります(元々舞台用だった名残で状況を説明するト書きがいくつかございます)。
基本としてセリフの改変等は極力ご遠慮ください。
金銭の発生する媒体及び場所での上演一切をNGとさせて頂きます。
著作権は作者に帰属します。そのことをよく心に刻んだ上でご使用されるときは自制的な行動をお願い致します。
音響の有無についてはお任せ致します(音響がある芝居を前提に書いてはいます。予めご了承下さい)。
皆様が演じてくださるのを、心よりお待ちしております。
サトウジン
登場人物:
川上 蓉子(40代前半)
小林 愛華(20代前半)
店員(30代前半)
以下、台本。(ト書きや読まない括弧書きは太字)
二人の女性、川上と小林が喫茶店の席についている。川上は腕組みをして小林を睨んでおり、小林はというとスマホをいじっている。しばしの沈黙の中、川上がたまらず切り出す。
川上「人がこれから大事な話をしようとするときに、ずっとスマホをいじっているのはどうかと思うけど?」
小林「大事な話って~、席に着いた時からもう決着ついてるでしょ、おばさん。」
川上「・・・あのねえ、呼び出しておいてその態度は何なの?」
小林「え、何のこと?」
川上「とぼけないでよ、あんな電話寄こしておいて。」
小林「電話って何さ?」
川上「覚えてないの?」
小林「さっぱり、意味不明。」
川上「・・・ああ、そういうこと。本当は呼ぶ価値なんてないからしらを切るつもりなんだ。いいけど。」
小林「というか、おばさんだって私にわざわざ電話してきたじゃん。」
川上「電話、何よそれ?」
小林「ここに来いって連絡あったよ?おばさんの声で。」
川上「からかおうとしたってだめよ。」
小林「あれー、もしかして覚えてない感じ?」
川上「電話する相手くらい選ぶわよ。」
小林「そーなんだ。」
川上「どーせどこかの誰かと間違えてるんでしょ?」
小林「ま、別にいいんだけど。」
川上「( ため息) ・・・最悪。よりによってこの女とここで話をつけなきゃいけないとは・・・。」
小林「来ちゃったもんはしょうがないじゃん。」
川上「この喫茶『バロン』が初デートの場所だとしても?」
小林「え、おばさん、ここで初デートしたの?」
川上「そうよ。ま、あなたにはこういう喫茶店の風情なんてわからないでしょうけど。」
小林「うわーおそろじゃーん。私もマサルと、ここで恋ってやつが芽生えたんだよ。」
川上「最悪だ・・・。」
小林「その言葉、そっくり返してあげるね。」
川上「ふん・・・。」
小林「傷心ですねー、おばさん。」
川上「誰のせいだと思って?」
小林「そんなおばさんに、ほい。( キャバクラのカードを渡す) 」
川上「なにこれ?」
小林「私の名刺だと思っておけばいいよ。クラブ『銀華』(ぎんか)。激務の日々を送るマサルの心を癒した極上のホステスがおりますので、気晴らしに遊びに来たらどうですか~?」
川上「・・・喧嘩を買う趣味はないので。」
小林「あらあら、ビビってんの?」
川上「まさか。これどうぞ。( 名刺を渡す) 」
小林「・・・株式会社ピースフロンティア?」
川上「情報通信大手『ネクサス』、マサルが代表取締役だから分かるわよね?」
小林「うん。」
川上「ピースフロンティアとネクサスは互いに資本提携しているの。ネクサスとの資本提携の話を取り付けたのは、取締役である私。マサルとは、公私ともに切っても切り離せないパートナーってわけ。」
小林「できる女は違うねー。」
川上「そう。あなたとは格が違うの。お分かり?」
小林「公私混同。」
川上「はい?」
小林「私みたいにホステスだったら、男とらなきゃいけない商売だから付き合いは仕方ないけど、おばさんはそうじゃないでしょ?男とらなくても仕事成立するじゃん。」
川上「あのね、ビジネスだって色々あって・・・」
小林「はい、言い訳いただきましたー。正直になりなよ、マサルに色目を使ってビジネスを成功させたんでしょ?」
川上「あなただって、マサルにお金を使い込んでもらわなきゃホステスとして生き残れなかったんじゃない?」
小林「むうう・・・。」
川上「あら、図星?」
小林「・・・マサルにはもっと大事なものもらってるから。」
川上「そういうのを見栄っ張りって言うのよ。」
小林「自分のこと棚に上げて偉そうに。」
川上「そっちこそ。」
これ以降、二人は会話のないまましばらく押し黙る。小林は再びスマホをいじり始める。店員が二人に水を出す。
店員「お冷、お持ち致しました。」
川上「・・・。」
小林「・・・。」
店員、おずおずと下がっていく。しばらくして、川上はわざと咳払いをしてから話を始める。
川上「300億。」
小林「え?」
川上「私にとって大事な、マサルに関する数字。何だかわかる?」
小林「・・・分かんない。」
川上「お金よ。」
小林「・・・ははーん、そっか。」
川上「なに、その顔は?」
小林「ご愁傷さまです。」
川上「は・・・?」
小林「いやー、報われないとはまさにこのことでしたか。自分の仕事の稼ぎをよくもまあ惜しみなく・・・」
川上「貢ぐほうじゃないわよ。貰うほう。」
小林「え?」
川上「付き合って3年。フェラーリ、ロレックス、ダイヤモンド、米海運株、金のインゴット10kg・・・記念日のサプライズに、何気ない挨拶の時に、それは貴重なものの数々を彼からプレゼントされたわ。それが1年間で総額300億。」
小林「へえ、そうなんだ・・・。」
川上「あなただって、ホステスなんだからそういうプレゼントくらいはもらってるわよね。」
小林「それは、その・・・。」
川上「え、もしかして、これっぽっちもなかったの?」
小林「う、ううん・・・!( 首を懸命に横に振るが、嘘がバレバレ) 」
川上「かわいそうに。まあ、別にこれが唯一の愛のカタチ、というわけではありませんから、気に病むことはないですけど。」
小林「そ、そうよ!お金なんて、愛情の足しにはならないんだから!」
川上「あら、別に私が愛されていないとは一言も言ってませんよ?」
小林「んん・・・。」
川上「あなたはまだ、可愛いホステスの娘。これが格の違いというもの。」
小林「・・・。」
川上「言葉も出ない、か。しかし、仕方のないことよ。」
小林「・・・300回。」
川上「はい?」
小林「私、マサルに1年で300回抱かれたの。」
川上「・・・ハグ?」
小林「まさか。」
川上「・・・まさか・・・!」
小林「ご明察。付き合って3年。出会う度にマサルは私を求めてきた。私は愛を尽くして応えてきた。求め合った翌日の朝、私より先に起きたマサルがコーヒーを淹れてくれる。そこに言葉はいらないの。ただ、二人の存在があるだけ。」
川上「あわ、あわわ・・・。」
小林「おばさんはどう?何回抱かれた?」
川上「・・・5回。 」
小林「ハグじゃないわよね?」
川上「・・・ハグ。」
小林「かわいそうに。まあ、別にこれが唯一の愛のカタチってわけじゃないから、落ち込むことはないけどさ。」
川上「だ、だまされないわよ!マサルをたぶらかしたんでしょ!?」
小林「マサルから求めてきた、って言ったよね?」
川上「でたらめよっ!」
小林「そう言うと思って、はい、写真。( スマホを見せる。)」
川上「ひゃっ・・・!( そっぽを向く) 」
小林「所詮乾いたお付き合いだったってことね。」
顔を背けてうつむいたままの川上。勝ち誇った笑みを見せる小林。しかし・・・
川上「・・・くくっ、くくくっ。」
小林「な、何、何がおかしいの?」
川上「うふふ、まさか、真っ裸の付き合いをしているから心が通っている、なんて思い込めるお幸せな頭をお持ちだったなんてね。」
小林「ははっ、強がりはよしなよ、身体もろくに重ねてないくせに、愛の何を語れるのよ。」
川上「これだから小娘は・・・。」
小林「なによ、なんなの、勿体ぶらずに核心を言いなよ!」
川上「まあまあ、落ち着きなさいな。深呼吸する時間くらいは与えてあげるわ。」
小林「いらないわよ、そんなの!」
川上「あら、残念。多分呼吸が止まっちゃうわ。」
小林「とりあえず聞くから早く言え!」
川上「・・・『今の事業が成功したら、一緒にニューヨークへ行こう』。」
小林「・・・。」
川上「マサルの、私への渾身のプロポーズよ。」
小林「へー・・・。」
川上「あら、随分リアクションが薄いのね。それとも、余りにもショックが大きかったのかしら?」
小林「あー、そっか、おばさんはそうだったのか・・・。」
川上「ちょっと!おばさん『は』、って何よ!それじゃまるで、あなたもプロポーズを受けたみたいじゃない!」
小林「うん、そうだよ。」
川上「・・・そうなの?」
小林「おばさん、深呼吸の準備はいい?」
川上「・・・そんなのもういいから、さっさと言っちゃいなさい。」
小林「えー、心臓止まっちゃうかもなあ。」
川上「早く言いなさい!」
小林「・・・『銀座のマンションに部屋を買った。君とのこれからを過ごす場所だ』。」
川上「・・・。」
小林「素敵よね、こんなことを面と向かって言える私のマサルは・・・。」
川上「はー・・・。」
小林「あら、おばさんには刺激が強かったかしら?ま、どちらへの愛が深かったかは明らかってことで・・・」
川上「ちょっと待って。」
小林「なによ、負け惜しみ?」
川上「『これからを過ごす』ってなに?それ別に結婚じゃなくて同棲でもあり得るわよね?」
小林「は、マサルのプロポーズにケチつける気?」
川上「あら、ケチじゃないわよ。現に結婚という言葉は、結局一言もなかったじゃない?」
小林「それを言ったらおばさんへのプロポーズだって、結婚の『け』の字も出てきてないわよ。」
川上「ニューヨークへ行くのよ?生活拠点を移すのは相当な決断のはずよ。」
小林「ニューヨーク旅行への誘いかもしれないじゃん。」
川上「はー、さては嫉妬してるわね?マサルが私とニューヨークへ行ったら、あなたは銀座のマンションで独りぼっちだものね。」
小林「そんなわけないでしょ。どうせ行ってしばらく経ったら戻る旅行なんだから、これっぽっちも寂しくないよ。おばさんこそ、私とマサルが銀座で一緒に住んだら蚊帳の外なんじゃない?」
川上「私とマサルのスイートな結婚生活を旅行に矮小化しないで頂戴!」
小林「そんなのおばさんの妄想よ!そっちこそ、私とマサルの銀座愛の巣計画にケチつけないでよ!」
川上「それだって妄想でしょ!銀座に部屋を設けるのなんてね、あなたとセックスして肉欲を満たすために決まってるわよ!どうせあなたみたいな女なんてね、若いうちにヤられ放題ヤられたらあとは愛想つかされるだけなのよ!いい加減現実を分かりなさい!この脱ぎ脱ぎ売女!」
小林「あー!言いやがったわねー!今までオブラートに包んでおいた男女の営みの言葉をよくもまああけすけと!いい女の皮をかぶっておいて、それがてめえの本性だってことよ!昇進だって成功だって、どうせてめえの実力じゃなく て色目の賜物なんだろ!猫かぶって物欲しげな目でマサルに寄生しておいて、それを自分の手柄みたいに偉ぶるんじゃねえよ!このくれくれ乞食!」
言い争った後、お互い呼吸を整えるためか、いったん着席をする。しかし黙っていても、両者の怒りは一向に冷めない様子。そんなタイミングで店員がビーフシチューを一皿持ってくる。
店員「お待たせ致しました、ビーフシチューでございます。」
小林「・・・何これ?おばさん頼んだ?」
川上「は・・・?頼んでないわよ。あなたが何か企んでるんじゃないの?」
小林「店員さん、これ私たち頼んでないんですけど?」
店員「はて、確かにこのテーブルにビーフシチューを、と聞きましたが?」
小林「・・・は、誰に?」
店員「ま、ほんのサービスということで。」
小林「ちょ、おーい?」
店員、一礼の後そそくさと去る。きょとんとする川上と小林。
小林「・・・行っちゃったよ。逃げ足早いな。」
川上「・・・で、どうするのよ?」
小林「はい?」
川上「このビーフシチュー。一皿しかないんだけど?」
小林「知らない、注文してないし。おばさんが食べれば?」
川上「こんな得体の知れないものに手を出せる訳ないでしょ?」
小林「得体の知れないって、えっ、見て分かんないの?ビーフシチューじゃん。」
川上「そう言うならあなたが食べてみなさいよ。」
小林「頼んでもないのに食べる義理なんてありませーん。」
川上「それは勿体ないんじゃないかしら?」
小林「知ったこっちゃないわよ、そんなこと。」
川上「・・・もういいわ、埒が明かない。」
川上、小林、またも互いに無言になる。卓上のビーフシチューを所在なさげに見つめる・・・するとおもむろに二人の腹の虫が鳴る。言い争って体力を消耗したらしい。
動き出したのは川上。そっとビーフシチューの匂いを嗅ぐ。それを見た小林が笑い出す。
川上「・・・すんすん。(匂いを嗅いでいる)」
小林「ぶっふふふふ・・・!」
川上「・・・何よ?」
小林「いや・・・別に?」
川上「ならなんで笑うのよ?」
小林「いや、まあ・・・食べたら良いんじゃない?」
川上「・・・あなたねえ、無責任にそう言うけれど、誰が頼んだのか分からないのよ?」
小林「だから?」
川上「だから・・・相応のリスクを考えなきゃいけないでしょう。」
小林「勿体ぶった言い方しなくていいよ。要するに怖いんでしょ?」
川上「怖くない方がおかしいでしょう?」
小林「でも匂い嗅いだんだよね?」
川上「それは、いわゆるリスクマネジメント的なもので・・・」
小林「(被せて)素直になりなよ、ほんの一口だよ?」
川上「それが命取りなの!」
小林「日和ってやんの!面白〜い。」
川上「・・・もう何を言われてもそのビーフシチュー、口にするもんですか。」
小林「その我慢、いつまでもつかなあ?」
川上、ビーフシチューを見つめる、つばを飲み込むものの、耐えている。小林、川上が我慢している様子を楽しそうに見つめる間に、ビーフシチューの皿の底を触り、温度を確かめる。
小林「どれどれ・・・(ビーフシチューの皿の温度を確かめる)」
川上「・・・うふふっ」
小林「・・・何さ?」
川上「ビーフシチューの加減はどう?」
小林「・・・は?」
川上「温かい?冷めてる?」
小林「んなもん関係ないでしょ?」
川上「じゃあなんでお皿を触ったのかしら?」
小林「そりゃ、おばさんが一口食べるときに冷めてたらいけないかな、って・・・。」
川上「下手な嘘。」
小林「ぐっ・・・。」
川上「素直になりなさいな。ほんの一口。頼んでもいないビーフシチューの誘惑に負けても、私を含め誰も責めはしないわ。」
小林「それはどうもご丁寧に。まあ、別に興味もないんだけどね。」
川上「よだれ。」
小林「・・・はっ!!」
川上「なんて嘘よ。」
小林「てめえっ!ハめたな!」
川上「いやしさとやましさがバカ正直に出ているわね、あなた。」
小林「・・・るせぇ。」
川上、小林、引き続き我慢を続ける。お互いそっぽを向いたり、かと思えばビーフシチューを注視したり。ビーフシチューを互いに見つめたまま話を切り出す。
小林「・・・マサルってさ。」
川上「何よ?」
小林「ビーフシチュー食べたことある?」
川上「・・・ないわね。」
小林「そっか。」
川上「あなたはどうなのよ?」
小林「私、付き合ってて一回も作らなかった。」
川上「・・・ハンバーグとか寿司なら、よく食べに行ったりしたのよね。」
小林「あれでもマサル、子どもっぽいところあるから。」
川上「・・・分かるわ。」
小林「分かってほしくなかった。」
川上「・・・。」
小林「まあつまり、手料理のリクエストの大体がハンバーグとかチャーハン、フライドチキンみたいな、なんというか、子どもの舌なのよ、マサルは。」
川上「この喫茶『バロン』でも、頼むのは決まってわんぱくプレートだったものね。」
小林「あ、それお揃いだ〜。」
川上「(顔を上げて)ちょっと、被せてくるんじゃないわよ。」
小林「(顔を上げて)おばさんこそ。」
気がつけばお互い顔が間近!!
川上「うわあああああ!!!!」(同時に)
小林「うわあああああ!!!!」(同時に)
川上「やたら顔を近づけるんじゃないわよ!!バカ!!」
小林「うっかりしてんのおばさんの方でしょ!!おかしいんじゃないの!?」
言い争いの間に店員が現れる。
店員「ちょっとお客様!」
小林「あ、違うんです、これはおばさんが・・・」
川上「(被せて)いえいえこちらの小娘が・・・」
店員「(被せて)何をしているんですか、勿体ない!ビーフシチューがすっかり冷めてしまったじゃないですか!」
小林「は、ビーフシチュー・・・?」
川上「あの・・・一体何を言ってるのですか・・・?」
店員「(ビーフシチューを下げつつ)これ、大好物だったんですよ。」
川上・小林「・・・誰の?」
店員「マサルの。」
川上・小林、唖然。店員は颯爽とその場を後にする。
終幕。