花と蛇3
もう少しだけ「花と蛇」を通して
鬼六の描いた世界観について続けさせてほしいと思います。
生前、鬼六はとにかく人を引き連れて飲み歩くのが大好きで、
それはもうある種、病的なルーティンワークだったのですが、
酔いが回ってくると必ず「あ、こりゃ、こりゃ」だったり
「よいとな、よいよい」だったり、
私の年代(昭和38年生まれ)でさえもめったに使わない、
古風な合いの手を入れて周囲をはやし立てておりました。
「花と蛇」の中にも前述のように和服を着た、(いや和服を脱がされた、)
静子夫人が長唄を歌わせられたり、
踊り舞ったりする場面が出てくるのですが、
これはとりもなおさず、花街のお座敷遊びの世界であります。
しがないサラリーマン生活を送ってきた私にとって、
こういった高額な遊興、芸者遊びを堪能する機会はなく、
花街というものがどういったものかイメージがつかなくて、
最近少しその世界を文献などで研究をし始めてみました。
(研究するだけなら金はかからない・・)
これが結構奥深くて面白いのです。
芸者の成り立ちを歴史から語るのであれば
古くは古事記、日本書紀に登場するアメノウズメ(天鈿女)から
話さねばならず、到底ここでは説明しきれないのですが、
要は広い意味での遊女から、芸妓が成立するまで、
その変遷は古今東西人類の歴史文化に密接にかかわり、
形作られてきた立派な職業であるということがわかりました。
芸妓さんと聞いて人によっては、親に売られたり、
借金のカタに泣く泣くその世界に入るもの
といったイメージを抱くかもしれません。
確かに時代によってはそういった暗い側面もあったと聞きます。
ですが今も存続する花柳界においては、
ほとんどそういったケースはなく、
芸妓になりたい女性はまず本人からメールでの問い合わせがあって、
面談、ののちに検番(その土地の花街の組合)の事務長と
よくよく話し合った上でこの世界に入るそうです。
一番の難関は親の説得だそうで、
それを突破して入ってくる子は相当に意識高く
まじめに芸事に打ち込む子であるそうです。
(以下の書籍、大変おもしろく、参考にさせていただきました)
話が少しそれましたが
私が拙い勉強で知った花柳界の大切なキーファクターは、
芸を通じての客への最高のもてなし、
そして完成された様式美です。
鬼六の縛りが耽美的であるのは、この芸妓の世界の様式美を
そのまま倒錯の世界へ照射させている部分も多いように思います。
また、昭和世代の人間の意識に通底する女性に対する観念があることも
否定できないでしょう。
それは花街の暗い側面の歴史も含めた、女性が生きていく上での脆さ、
儚さ、そこからこそ生まれてくる刹那の美しさ。
そういったものへの鬼六の憧憬がゆがんだ形で発露されたのが
「花と蛇」であったように思えるのです。
現代の女性には脆さ、儚さは時代錯誤であり、不必要でありましょう。
ただもし読者のあなたが一度でも
「Mっ気がある」と誰かに言われた方なら、
無意識のうちのそういった儚さが生む美・エロチシズムを
理解する素地をお持ちなのではないかとも思うのです。