小泉誠の素材を生かした空間・モノづくり
「和モダン」とは、いったいどのような空間のことをいうのだろうか。家づくりを考える上で現代の生活に「和」の要素がどのように溶け込んだ空間を和モダン空間というのか…。家具デザイナーの小泉誠氏に聞きました。
(「和モダンvol.5」(2012年8月発行)掲載)
小泉氏の身長に合わせて寸法が決められたトンネル状の通路。
床に座ってみると視線がトンネルの先に導かれ、
囲まれた心地よさと相まって広さが感じられるます。
日本人の空間づくり
日本において「デザイン」の歴史はまだ浅く、ほんの100年ほどしかありません。大正時代に西洋文化が本格的に日本に入ってきて、それと同時に日本でもテーブルの文化が始まりました。この頃、新しい文化=モダンという言葉が流行し、西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行現象があらわれ、当時先端的な装いをした若い男女がモボ・モガと呼ばれました。
「モノ」そのものよりも生活の中でそれをいかに使うのか、「モノ」が置かれる環境をつくることが、空間づくりだと思います。私はもともと木工をやっていたのですが、ものづくりや家具づくりは、すべての人の生活をデザインするということに通じると考えるようになり、建築を勉強しました。そのうちに、モノのスケールよりも空間のスケールを考えるということが身につきました。
住宅というのは、人が生活をしていくうえでの道具であって、常に人がどこにいるかによってそのまわりに「空間」が生まれます。周囲のスケールは、人が中心となって測られるものです。このスケールのとり方というのは日本人と外国人で異なります。日本は靴を脱いで床に座るという生活スタイル、西洋はイスに座ります。同じ空間にいたとしても床に座ったときと椅子の目線でまわりの空間の心地よさ、感じ方は変わるのです。
昔から、目線が高いというのは位が高いことの象徴でもありました。高い位置から見下ろすとそこには威圧感と緊張感が生まれます。王座の置かれる一、イスからの目線が周囲の人々よりも偉いことを顕示しているのです。日本でも将軍が座る場所は床を高くしてありました。普通の民家では土間に台所があり、そこで煮炊きをする人と畳に座り食事をする人の目線はほぼ同じ高さでした。
モノの位置、高さによって目線をデリケートに調整することは、空間づくりをするときにはとても緻密に考えられています。窓の高さ、天井の高さ、壁との距離、その空間にいる人がそこでどう過ごしたいのかによって、モノと人との距離感をはかり、区間に巧みな奥行き感を出すのが日本の建築なのです。
和モダンな空間とは
家づくりをするにあたり、和の雰囲気をもつ空間にしたいから、畳や和紙、土や木などの素材を使えばいいということではありません。日本人の生活は、今でも立つ→座る→寝る(ごろりと横になる)が床中心であると落ち着くという人が多いのですが、そのなるとイスやソファよりも畳の床の空間の方がより心地よいといえます。
リビングルームになぜテーブルを置くのか、なぜソファなのか、何のためにその空間を使いたいのかを考えてみると、その空間のつくり方そのものが変わってくるのです。
素材選びも同じこと。障子を使えば和の雰囲気になるからではなく、なぜ障子ができたのか、なぜ畳ができたのか、なぜ塗り壁にするのか、素材そのものについてまず知ること、それから何が必要なのか用途に合わせて選ぶことが大切なのです。
暮らす人の体格が昔と現代では変わってきているように、技術の発展によって、障子や畳の大きさや形も多様化しています。大切なのは素材を表現として使うことではなく、素材の持ち味や元の形、大きさを知ったうえで必要だから使うこと。伝統にとらわれず、必要に応じて現代の私たちにとって心地よい大きさ・形に変えればいいのです。
日本古来の素材は、日本の風土に適応しているからこそ使われてきたということを知り、無理に昔のものを使おうとするのではなく、性能を考えて必要に合わせて適材を適所に使うことで、自然と和の空間は生まれるのです。
家族が集い、くつろぐリビングルーム。食事はテーブルとイスで
とりたいけれど、ごろりと寝転んでくつろぎたいという
施主の暮らしを考え、畳リビングに。テーブルも小泉氏作。
手をかけた日本のものづくり
日本の道具や環境は、海外の人からはミニマムと呼ばれます。これは必要なことだけにして、余計なことはしないという日本の「潔い」美的感覚のあらわれです。使いやすさや装飾よりも、そのモノの用途を考え、余計なものを加えず合理的であることが、日本人のものづくりなのです。道具や環境に対して、利便性よりもしなやかさに対応できる能力を持ち合わせることを重んじる「潔さ」が日本の美だと思います。
道具には持続して使われるよさがあります。住宅も次の世代へと住み継がれて古道具になるような家がいい。木、土、紙など天然素材には使うことによって味わい深くなっていくよさがあります。そんな素材を使い、大工が手間ひまかけてつくった家には、つくり手の精神が宿ります。精神が宿れば、つくり手もその空間に誇りを持ちます。つくり手が責任をもって丁寧につくった家ならば、住まい手も安心し、手入れをして使うようになります。こうした目に見えない信頼関係を大切にすることも、より暮らしやすい空間づくりの一つなのです。
500本以上の杉の垂木が整然と配列され、凛とした存在感を
かもし出す菜の花展示室のゲストルーム。
障子の窓をスライドさせると外へ開けた空間に。
小泉 誠(こいずみ・まこと)
1960年東京生まれ。建築から箸置きまで生活に関わるすべてのデザインを手掛ける家具デザイナー。2003年にデザインを伝える場として東京都国立市に「こいずみ道具店」を開く。武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科客員教授。2012年毎日デザイン賞受賞。2015年より一般社団法人わざわ座 代表理事。2016年日本クラフト展大賞。
(写真/志和達彦・梶原敏英)
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