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関係妄想
つい最近のこと、関係妄想という言葉を初めて知った。
統合失調症の多様な症状の一つである妄想の一種で、目にしたこと耳にしたこと何でも自分に関係がある(特に悪い意味で)と思い込むことだそうだ。
自分は自己診断すると被害妄想が強いタイプなので、褒められても素直に受け取れない。褒められているのは単なる社交辞令だと捉えるのみならず、褒められていない部分はダメなのだと思ってしまう。
何でも自分のせいだと思う、自己帰属の癖がある。
しかし何でも自分のせいだと思うのはある意味で傲慢であるとも思う。世界の全ての現象を自分が何とかできるなどと思うのは唯我独尊ではないか。全知全能の神じゃあるまいし。
自分は受け流すこと、受け容れること、寛容することが不得手である。
傲慢かもしれないが、しかしこの癖が無かったら今まで勉強も仕事もピアノも努力しなかったかもしれない。特に仕事では、プロジェクト責任者たるもの、如何なる不測の事態に陥っても自分の全責任において「なんとかしなければ」ならない立場なのだ。
ピアノにしても、全ては自分のイマジネーションと表現技術次第なのである。
どちらかにしても、成果の全ての責任は自分にかかっている。
問題は、如何に客観的に物事を捉えることができるかだ。冷静に。どんな状況でも情報は不完全である。解釈も一通りではない。
悪いように解釈することはビジネスのリスク管理上有効なのでバイアスがかかっても良いが、良い解釈もあり得ることを常に忘れてはならない。
褒められているのは本当に心から良かったと思ってくれているのかもしれない。自分の良いところが伝わったのかもしれない。ポジティブにバイアスをかけても良いのではないか。少なくともおとといの演奏はあの状況であれ以上のものは出来なかったし、自分なりにベストを尽くして準備し本番に臨んだのだからそれで十分としよう。受け容れるのだ。そして前を見て進もう。