あいまいさを受け容れる
あいまいさを受け容れることは難度の高いスキルである。
説明できないこと、予測がつかないことは耐え難い。
説明できないことが気持ち悪いから、両断論法に陥りがちである。
白か黒か、善か悪か、敵か味方か。
判断基準が一つでない場合もあるし、白か黒か善か悪かとは一概に言えない問題もある。
それを人は嫌う。したがって白か黒に決めつける。これが両断論法。あるいはグレーだという。グレーという色にはグラデーションがあるがとにかくグレーと決めつける。これも曖昧さの回避である。
ステレオタイプもそう。自分の乏しい経験や勝手な基準や思い込みで「あの人はこういう人」と決めつけること。あるいは疑心暗鬼も同類だ。
予測ができないことも気持ち悪い。なので経験則や各種法則が用いられ曖昧さを回避する。
或いは「予測不能」と決めつける。
知的な態度とは両断論法でも回避でもなく、あいまいさと向き合い、どうあいまいなのかなぜあいまいなのかを客観的に捉えること。
これは簡単なことではない。
それだけにあいまいさを受け容れるスキルは価値がある。そのスキルを持った人間は賢明である。