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さすらいの影山部長

『給油カード(ガソリンカード)の巻』

 ある日の朝礼の後、影山は髙﨑のデスクに近づいて、「髙﨑君、君は社用車の給油は何処のスタンドを使ってるの?」

「会社の近くの何時ものスタンドです」

「ほーう、なら、よろしい」


 数日前の午後、影山は、元妻の借金返済が滞っている件で、連帯保証人である影山宛に、ここ最近、毎日のように金融業者から掛かってくる督促の電話に頭を悩ませていた。

「はっー」

「どうしたんですか?さっきからため息ばかりついて」
と、いつも利用している、ガソリンスタンドの店長が影山に声をかけてきた。

「あっいや、色々あってね、お金もないしねぇ・・」

「高給取りの部長さんが何言ってるんですか」

「色々と悩みがあってねぇ・・」

「へぇ~」

「は〜疲れたよ・・」

「まぁ、うちで力になれるとすると・・・」

「何かあんの?」

「御社の社用車の給油を、うちの方でまとめて頂ければ、まぁ、若干の水増し請求にはなりますが、そこは部長、目をつぶって頂くとして、水増し分をキックバックさせて頂きますよ。四分六でどうです?」

「私が六?」

「えぇ」

「悪くないが・・会社にバレないように出来るかだ・・・」

「それならこちらで上手く割り振って請求上げますんで大丈夫です。ただ・・」

「ただ?」

「給油カードを全てこちらで預からせて下さい。そしたら、あとはこちらで」

「オーケー」


 翌朝の朝礼で影山は今月の売上目標について、厳しい表情でゲキを飛ばした。

「古臭い事を言うようだが、営業は足で稼いで、なんぼなんだよ!いいか!今日から得意先を隈なく回って来い!それから!社用車の給油は!いつものスタンド以外!使うな!それと、給油カードは全員!スタンドの店長に預けておけ!今日中にだ!」


 それから1ヶ月後のある午後、経理から内線のベルが鳴った。

「はい」

「部長、経理の丸山ですが」

「何だね」

「実は先月から、急にガソリン代が去年に比べて、約3倍に増えていまして、こちらからも業者へ確認はしたのですが、間違いは無いとの事だったので」

「ふ〜ん」

「それで、私の方から個別に確認させて頂いてもよろしいですか?」

「勿論、徹底的に調べてくれ給え。因みに誰が一番増えてんの?」

「髙﨑さんが一番増えてますね、それとあと数名ですが、全体的に増えてはいますね」

「りょーかい」


 翌日の午後、髙﨑のデスクの内線のベルが鳴った。

「はい、髙﨑です」

「経理の丸山です」

「お疲れ様です、何か?」

「あっいえ、実は今朝、影山部長にもお話させて頂いたのですが、社用車の燃料費の件で」

「燃料費?」

「去年と比べて、業者からの請求金額が約3倍になっているんです」

「えー」

「それで高崎さんの乗られてる車の燃料費が一番高かったので、事情をお伺いしたいなと思いまして」

「一番高いって・・・」

「今、お時間大丈夫ですか?」

「あっはい」

 翌日の朝礼の後、影山は髙﨑のデスクに近づいて、言った。

「ガソリン代の件、経理の丸山君から聞いたけど、どうなってんの?」

「昨日、丸山さんからお聞きしましたけど、そんなに給油した記憶は・・・」

「何?記憶にないの?」

「って言うか、請求が間違ってるんじゃないかと・・」

「間違ってる?証拠は?」

「証拠って・・」

「むこうさんも商売や、そんなええ加減な請求送ってきよらんやろ」

「ですが!」

「ですがやあらへんがな、仕事中に彼女とドライブでもしてたんやろ!正直に言うてみ」

「ですから」

「もうええ、今回は、特別に目つぶったろ、以後、気をつけや」

「・・・あっはい」

髙﨑は右手の拳を力一杯握りしめていた。
「このクソ野郎ー」と心のなかで叫びながら・・・

「あっそれと、髙﨑君、スタンドの店長から聞いたんやけど、焼き肉食い放題のチケットもうたって、ほんまか?」

「あっはい」

「何枚もろたんや?」

「10枚です」

「なる程な〜そう言うことか〜」と影山は頷きながら、納得した表情で高崎を見て言った。

「そう言うことかって・・くれるって言うから・・・」

「ええか、髙﨑君、そういったものを受け取った瞬間!周りの人間から、『やっぱりな・・・』と、疑われると言うことをよう覚えときや、分かったな」
と言い残して、影山は微妙にニヤッとしてその場を立ち去って行った。

「くそーーーーーーーーーーー!」

その日の晩、高崎の鳴き声混じりの叫び声は夜が明けるまで止むことはなかった。


髙﨑のアパートの隣に住んでいる親子の会話。

「お母さん、又、隣のお兄ちゃん泣いてる」

「きっとまた、会社で嫌なことがあったんだね。そっとしておいておあげなさい」


おわり



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