ラマダーン、ファーヌース、ゲルギーアーン
イスラーム世界では今はラマダーン月です。イスラームではラマダーン月の1か月、人びとが断食するのをご存知かたも多いでしょう。断食といっても、1か月のあいだ一切、食べ物を口にしないというわけではなく、日の出から日の入りまで日中の飲食を断つという意味です。つまり太陽が出ていないときは飲食をしてもいいということになります。
したがって、この期間、イスラーム諸国では昼夜が逆転したような奇妙な雰囲気となります。日没とともに、イフタールという断食明けの食事がはじまり、友人や親戚の家を訪ねたり、ショッピングに出かけたりします。テレビを見ていると、ラマダーン月のセールの宣伝を派手にやっていて、断食とはいえ、ラマダーン月は重要な商機であることがうかがわれます。また町中ではラマダーン月のあいだ特別なイベントが行われます。私が住んでいたところでは、移動遊園地などがきたりしていました。また、テレビもラマダーン月の特別番組を放映し、人びとの宗教心を高揚させています。
実際、ラマダーン月にはスンナ派世界ではタラーウィーフという特別の礼拝があり、モスク等に集まり、夜通し礼拝をすることもあります。食事をする人も少なくありません。
しかも、日中、空腹にならないように、多くの人が夜明け前にたらふく食事をします。そうしたこともあり、断食期間中にムスリムは逆に太ってしまうといったこともあるようです。
ラマダーン期間中は、子どもも含め、夜更かしする人が多いので、いったいいつ寝るんだといぶかしく思うこともあります。それもあってか、ラマダーン期間中は仕事の効率が大幅に低下するなんて話もよく聞きます。
私は1年ほどエジプトの首都カイロに住んでいたことがあるのですが、ラマダーン月のカイロの風物詩といえば、何といってもファーヌースでしょう。ラマダーン月になると、カイロでは家いえの軒先にファーヌースというランタンを飾ります。
西暦10世紀、ファーティマ朝のカリフ、ムイッズ・リッディーニッラーがエジプトを占領し、カイロを首都に定めました。そのムイッズがカイロに入城するとき、住民がランタンを照らして、彼を歓迎したという逸話があり、それがラマダーン月だったので、今でもラマダーン月にランタンをつるすというのです。
本来、カイロの風物詩だったんですが、エジプト人が広めたのでしょうか、今はアラブ諸国の多くでこの習慣がみられるようになっています。
ちなみにいうと、私がカイロに住んでいた2000年代はじめには、このファーヌースのほとんどが中国製でした。当時、私自身、何でエジプト人の重要な歴史的・精神的シンボルが中国製なんだと不思議に思っていたんですが、たしか、その後、しばらくしてエジプト政府が中国製ファーヌースの輸入を禁止したとの報道が出ました。はたして今はどうなのでしょうか?
さて、ラマダーン月の風物詩というと、もう一つ、ゲルギーアーンが挙げられるでしょう。といっても、ゲルギーアーンを知っているのはペルシア湾岸沿岸地域に住んでいた経験のあるかただけにかぎられるかもしれません。
ラマダーン月の中日前後に行われるお祭りで、とくに子どものお祭りとしては地域最大のものとされています。なお、ゲルギーアーンというのはクウェートでの呼びかたで、他の国では発音が異なったり、まったく別の名前で呼ばれたりしています。ここではゲルギーアーンで統一します。
ゲルギーアーンのとき、子どもたちは思い思いの扮装(一般的にはハレの日の伝統的衣装)をして、街区を練り歩いたり、家いえを訪ねてはお菓子やお金をもらったりします。服装は人によって異なりますが、子どもたちはだいたい首から袋をぶらさげており、このなかにもらったお菓子をいれておきます。
ここまできて、察しのいいひとは気づいたと思いますが、ハロウィーンとすごく似ています。アメコミのスーパーヒーローのかっこうをした子がときおりまじっているのはハロウィーンの影響でしょう(あるいは、欧米人子どもが紛れ込んでいるのかも)。ハロウィーンと同様、最近ではきわめて商業化されており、ゲルギーアーンの時期になると、ショッピングモールでは子ども向けに大規模なおもちゃなどのセールをやったり、テレビなどでもゲルギーアーンに関するコマーシャルが多数流れてきます。
湾岸に住んでいたときには、私もお菓子を用意して待ち構えていたんですが、住んでいたのが外国人ばかりが住む新興住宅街だったんで、ほとんどもらいにくる子はいませんでした(それこそバットマンのコスプレをした西洋人の子だけ)。
保坂修司
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