とある二人の不思議な話。
「嘘でしょ…」
と彼女は絶句する。
「本当」
彼は真顔で答える。
二人でアイスクリームでも買いに行こうと出かけた矢先の事だった。
家にあったビニール傘を何の気無しに各々手にとり、エントランスへ向かう。自動ドアをくぐり、雨の降る道へと傘を開いたその瞬間、
ちゃりーん
と音がしたのだ。
「えっ!?」
と叫ぶ彼女に、彼はそれが降ってくるのを見た。
「え」
ちゃりんちゃりん ちゃりん ちゃりーん
この世で今までに見たことのない光景に手を止めて、彼は足元に視線を移す。
そこには茶色と銀色の平たい丸が散らばっていた。
しゃがんでその中の一つを拾い、彼女を見上げる。
”ぼうぜん”
正に呆然としか言いようのない彼女の表情に、「呆然とする」ってこういう顔なのかぁ、と彼はニュートラルな気持ちで思う。
(このぐらいだと驚かなくなったな。)
慣れっこになっている自分に気付いて、彼は一つ苦笑いする。
何が起こったのかまだわからない彼女は、緑色のビニール傘を肩にかけて立ち尽くしている。そして、呟いた。
「嘘でしょ…」
何が起こったかは、多分、もう理解している。
けれど”何故”起こったかを、全くもって分かっていないのだ。
(それは俺も一緒なんだけど。)
「本当」
決して嘘ではない。だから真顔で答える。
今、彼女の傘の中から日本円硬貨が降ってきたのは、彼も目の当たりにした現実だ。
彼に続いて、彼女も一枚摘み上げる。まじまじとそれを眺め
「本物…、だよねぇ?」
と彼に問いかける。
「いや、偽のお金がウチの傘ん中にあったら怖いでしょ」
「そうだけど…、んん、その発想もなんか違うと思う…」
百円玉が1枚と十円玉が4枚。
拾い終わる頃には、彼女はもう思考を変えギフトを受け取っていた。
彼は改めて思う。
(ホント、この人といると、不思議なことばかり起こる。)
「アイス代だ!ありがとう、かみさま!」
そうはしゃぐ彼女は、自分にこびり付いていた『常識』と『当たり前』を幾つも覆してくれた。時にぶっ壊し、時に笑い飛ばすという様々なやり方で。変えられないと思っているものを変えてしまうのが、彼女は本当に得意だ。
そして、自分なら諦めてしまいそうなことも、常に違う可能性に目を向ける彼女を、強い、と思うのだ。その強さが美しい、とも。
「貴女が食べたいヤツって140円以上すると思うよ?」
「えー?じゃあ、もう一回降ってこないかなー?おかわりプリーズ!
えいっっっ!」
と彼女は傘を振った。
ちゃりーん
二人が同時に立ち止まる。
音のした方にはさっき拾ったものよりも大きな銀色の硬貨がいた。
くるくると周り
ゆらり と傾き
ぱたり と倒れ
その顔を見せた。
「嘘でしょ…」
「いや…、本当」
きらり と光るアスファルトの上。
アイス代は、二人分。