ナメた後輩からのウイスキー
ピーンポーーン♪
自宅でZoom会議をしているとインターホンが鳴った。テレビドアホンの画面を見ると郵便配達員の姿だ。
じ「はい!」
郵「お酒のお届け物です」
じ「はいはい、すぐ参ります」
郵「あの、◎△$♪×¥」
郵便局員は何かを言いかけていたが、待たせると悪いのですぐドアに向かう。
今日は後輩からお酒が届くことになっていた。
ここ最近、10何年振りに再開してからちょいちょい飲みに行くようになり、日頃私が彼にオゴッているからそのお礼をしたいとのこと。
その気づかいがありがたいし、単純に嬉しい。 少しむず痒いが好意を受けることにした。
しかし少し引っかかる経緯がある。
先週のことであった。
ふと携帯電話を見ると後輩からメールが来ていた。
「あなたウイスキー好きでしょ。直接渡したいから昼どこかで会えますか?家の近くまで行きますよ。」とのこと。
いつもの通り、タメ口と敬語が入り混じったヤツらしいメールだ。
私は彼に会うことにした。
彼の家は私の家から近くない。
わざわざ重いウイスキーのボトルを持って我が家の近くまで来てくれるのはなんだか悪い気がしたし、何より手ぶらで帰してはこちらとしても先輩として格好がつかない。家の近所にある、まあまあ良いステーキ屋を予約し、その日もオゴってあげるつもりでいた。
ところが、、
約束していた日になり、約束の時間へ間に合うように私は家を出た。すると、間も無くして後輩から連絡が来る。
「すみません、ウイスキー忘れました」
誰も死んでいない葬式がはじまった瞬間だった。
なによりも手ぶらの男にオゴるステーキほど割に合わないものはない。
加えて、少し遅刻してきた。
「いやー、おかしいんですよ。家出る直前まではウイスキー持っていかなきゃな。と思って意識してたんだけど、気がついたら持っていなかったんです。」
おかしいのはお前だ。
もはや何を言っているかわからないし、経緯はどうあれ、厳然たる事実として目の前の男は手ぶらだ。 新手の寸借詐欺を疑った。
私は顔が引きつりながら「お前なあ。」と言いつつそこから食事を始めた。ランチの趣旨は変われども、仲の良い後輩とたまに昼飯を食うのは悪くない。昔から仲も良いし、お互い気心も知れている。
他愛のない会話や仕事の話などもしつつ時間が過ぎてゆく。
しょうがなく当初の予定通り会計は私が払った。
帰り際、後輩は言う。
「今日はすみませんでした。郵送するの面倒だから直接ウイスキー渡そうと思っていたんですけど、家に帰ったらすぐに送るようにします。ステーキありがとうございました。」
「お、おう。悪いな。」
彼なりの照れ隠しなのか、少し慇懃ないつもの話振りでお互い帰路に着いた。
その日の夕方、後輩からLINEが来た。
「今日は失礼しました。さきほど荷物を発送しました、明日の午前中に荷物が届きます。」
私は一瞬詐欺と疑ったことを彼に詫びたい気持ちになった。
やはり彼はちゃんとした男で可愛いヤツだ。
そんな後輩からの荷物が届いたのだ。
意気揚々と私は玄関に向かう。
郵便局員から荷物を受け取るべくドアを開けた。
「いつも配達ありがとうございます。どちらに印鑑を押せばよろしいですか?」と郵便局員に問う。
「いえ・・・あの、現金ありますか?」
郵便局員はこちらの質問を質問で返してくる。
私もとっさに「え?」と聞き返す。
着払いだった。
急に郵便局員のおじさんが憎く見えてくる。
出会い頭に980円を求めてくるなどなんて失礼な男だ。
非常識にも限度がある。
大声をあげて追い返してやろうかとの衝動にかられたが、いや違う。
冷静になれ。
このおじさんに罪は全くない。
いつも配達ありがとうございます。
おれは千円をとりに、意気揚々と出てきた廊下を真逆の感情をもって遡上するサケになった。
20円のお釣りと荷物を丁重に受け取り、箱を開ける。
なかには丁寧に包装された「World Blended Whisky創」とのラベルが貼られたボトルが一本入っていた。聞いたことがない銘柄だな、と思い調べてみるとクラウドファンディングの返礼品らしく、その値段は22,000円。
・・・思いのほかにたけぇ。
値段を知った途端、私の中には「着払いの驚き」・「後輩に対する悲喜交々の感情」・「こんな高いウイスキーを送ってくれた感謝」という混然となった感情が渦巻きブレンドされ瞬間熟成した。
これじゃまるで、感情のシングルモルトやー!
おしまい