わたしのお月さま (※二次創作)

 時折悲しい夢を見る。
これは夢だ、とすぐ気づくけれど、それでも寂しさはひたひたと潮のように体を満たして溢れる先を探し始めてしまう。
ああ、涙が溢れてしまう前に目を覚ましたいのに……

「おい」

強くまっすぐな声が届き、小时は目を開いた。二段ベッドの上から陸光の顔が覗きこちらを見ている。
大丈夫かと問うその声と瞳にほっとして、小时はまどろみの中で目を細めて彼へ向けて微笑む。

どんな悪夢の底にいても必ず自分の元へ届くその声、どこにいても自分を見つけ出し照らしてくれる瞳。
射抜くような彼の眼差しが、自分を見つめる時にはいつも深い優しさを湛えていることを小时は知っていた。
暗闇でも仄かに煌めく白髪は、
まるで月みたいにいつだってその光をくれる。



「へえ、その共同経営者さんってどんな方なんです?」
 お店を訪ねて来ていた老齢の男性からそう問われ、小时はにっこり笑いながら「頭もきれるし信頼できる、月のような男ですよ」と営業トークをしてみる。
ほどなくして奥から姿を見せた陸光に、男性客は「たしかに」と頷きながら
「月のように物静かで冷静沈着な御方という感じですな」と、納得したとばかりに小时に視線を戻しつつ「そして月のようにお美しい」と耳打ちした。
思わず吹き出しかけたところで強烈な冷気の気配を感じ、小时は一瞬凍りつきながら、
「あ、えーっと……じゃあ、お話の続きは彼のほうに」
と、ひきつった笑顔でそそくさと退散することにした。
陸光が絶対零度の眼差しでこちらを見ている。

冷静沈着、物静か……、ね。
ぴゃっと店の奥に逃げ込みながら、小时は先ほどの老紳士の言葉を思い返してみる。
まあ、月には色々なイメージがあるものだ。


 郵便物を出すため近所まで出掛けた帰り道、小时は側溝の端でしゃがみこんでいる小さな女の子を見つけた。
「どうしたの?」
と声をかけると、
「ヘアピンを落としちゃった」
と、女の子は今にも泣き出しそうな顔で側溝の奥を指差す。
隣にしゃがんで覗いてみると、星飾りの付いたピンが泥溜まりの中に浮き沈みしていた。
なるほど、ここから落ちて流れて、丁度泥でせき止められたところにうまく引っ掛かったのか……
運悪くその箇所だけ上をブロックが覆っていて、小时がここから手を伸ばしてもぎりぎり届かなそうな位置だ。
「お母さんが……買ってくれたのに……」
身を乗り出した女の子のリュックを、小时は慌てて引っ張る。
「危ない、落ちちゃうよ」
「でも」
「大丈夫、お兄ちゃんが取ってあげるから」

安心させるように小时はにこっと微笑んで見せた。
中に降りて……膝をついて腕を伸ばせば……よし、いけるな。ヘアピンが流される前に急いで取らねば。

小时はひょいと側溝に両足を下ろすと浅い流れに膝をつき、屈んで泥溜まりに片手を伸ばす。
「よし取れた!」
幸い泥もほとんど付いていない。
洗えば綺麗になるよと言いながら手渡してやると、女の子は目に涙を溜めながらお兄ちゃんありがとうと繰り返した。
ぎゅっとヘアピンを握りしめて笑う様子に、こちらのほうが嬉しくなってしまう。

小时はにこにこしながら狭い側溝で立ち上がろうとし……、踵を滑らせて思い切り尻餅をついた。
盛大に上がる水飛沫。

「何やってんだ馬鹿」 
呆れたような声が不意に上から降ってくる。
「え、……ヒカル?!」


 何度もこちらを振り返っては手を振る女の子に手を振り返しながら、小时は陸光と並んで夕暮れの道を歩きだす。ズボンも腕も泥水まみれという酷い格好なので、帰り道がひとりじゃないのは何となくありがたい。
「あちゃーシャツまでびしょびしょだ」
ぱたぱたと身震いすると、
「おい。泥を飛ばすな、犬かお前は」
と、陸光はすげない口調でこちらを睨んでくる。

「いやあ、ヒカルが偶然通りかかってくれて良かったよ」
陸光の持っていたハンカチはずぶ濡れの体を拭くには勿論足りなかったけれど、とりあえず顔や手の泥はぬぐうことができた。
こいつ本当にタイミングいいんだよな……高性能の人間GPSみたいでたまに怖いくらいだけど……、
まあそんなところも、見上げればいつも居る、どんなに歩いてもつかず離れず居てくれる月っぽいよなーなんて?

「へへへ、相棒~」
肩を組もうとしたら、
「おい濡れるだろ!寄るな」
と、さっと避けられてしまった。
「冷たいぞお前」
「服が汚れるだろう。……まったく、帰ったらまず洗濯だな」
濡れた自分の横で涼しい顔の陸光。ちょっとはこいつも濡らしてやろうと絡んでみたものの悉くかわされてしまう。
「潔癖だなあ」
「洗濯の手間を考えろ」
「……オウツクシイオカタはやっぱり綺麗好きですこと」
小时は絡むのを諦めてわざとらしくむくれてみせた。「トキお前……、この前はずいぶんと恥ずかしい紹介の仕方を……人で遊んでくれるなよ」
「えー?まあでも褒め言葉だったじゃん?」

にやにやしながら横目で陸光を見つつ、先日の老紳士の台詞を思い出して小时はまた吹き出しそうになってしまう。まあでもそろそろからかうのを止めないとね、隣を歩く物静かでお美しい御方がキレそうなので。


今宵も月が顔を出す。
静かに、少し遠くに佇んで。

寝ている自分を陸光が夜毎じっと見つめていることを小时は知っていた。
その前にはいつも、何かにうなされていることも。

もっとこっちに近づいてくればいいのに、と小时は目を閉じたまま思う。バランスを崩して落っこちて、そうしたらどうなるかなんて分からないけれど。
一定の距離を保ったまま、ただこちらを見ている彼の目。それがどんな感情を浮かべているのか、知ることができたらいいのに。
小时が寝返りをうってみせると陸光はすっと離れ、音も無くまた二段ベッドの上に戻っていくのだ。
暗闇でも仄かに光る白髪は、まるで月みたいにいつだってざわざわと心の波を狂わせる。


 昼下がり、小时が買い出しから戻ると、本を手にしたままの陸光がソファで眠りに落ちていた。
小时はたたっと大股で近寄って、今にも落ちそうになっていた本を陸光の手から取り上げ、そっと机に置いてやる。

一緒に過ごすようになってからずっと、よく昼寝する奴だなあと思っていたけれど。
「……お前、夜ちゃんと眠れてる?」
つんと跳ねた白い髪をそっと指先ではじいてみるけれど、陸光はぴくりともせずうつむいたまま寝息をたてている。

昼も夜も、こんなに一緒にいるのに、
手を伸ばせば簡単に触れられるのに。
自分でも訳のわからない引力でくるくると周りながら、
決して離れられないのに、掴めない光。
見えないままの、月の裏側。

近くて遠い、たまに冷たい おれのお月さま。

ソファで眠る白い髪を見つめたまま、
「君が月だよ」
と、小さな声で言ってみる。
聞き間違えてくれたっていいよ。
ずっとずっと、君が。



******
#時光代理人二次創作
時光代理人というアニメの最終回を観てからもうずっと感情がぐちゃぐちゃでどうしたら(略)
(略)(泣)(略)


気を紛らせるため(?)どこかの街のカップル二人のラブ&ハッピーな可愛い話(妄想)を……と思ったのに、別にそこまでハッピーにもならずそもそも付き合ってもなく(まだ…多分当分)、見返したらお互いに触れた瞬間0mm0秒だったしもう駄目悲しい何故……(触れ合っておくれ)

(規約もよく分からず、二次創作自体大丈夫なのかも不安、なにもわからない)


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