法律の保護から取り残されていた、フリーランスの俳優やスタッフを守る。一般社団法人日本芸能従事者協会が取り組む特別加入労災保険センターおよび『芸能従事者こころの119』 #WORKDESIGNAWARD2022
「WORK DESIGN AWARD」は、働き方をアップデートするために奮闘する組織や人を応援したいという思いから創設されたSmartHR主催のアワード。2回目の開催となる2022年は、全7部門(公募は6部門)を設け、合計で100近くの企業や団体から応募が集まりました。
そのなかでワークスタイル&プロセス部門を受賞したのは、一般社団法人日本芸能従事者協会が手がける特別加入労災保険センターおよび相談窓口『芸能従事者こころの119』。俳優やタレントをはじめとするフリーランスの芸能従事者たちを守るための取り組みです。
「私たちはさまざまな法的保護を受けられず、仕事場で事故やハラスメントに遭っても、守られてきませんでした」と、同協会の代表理事であり、自身も長く俳優をしている森崎めぐみさんは話します。芸能を取り巻く働き方の問題や、協会の活動について伺いました。
「怪我と弁当は手前持ち」。そんな文化を変えたい
映画やドラマ、CM、舞台……芸能の仕事は、とても華やかです。しかし、不規則な勤務時間や危険な仕事が少なからずあり、睡眠不足やメンタルの負担に苦しむ出演者やスタッフは、少なくないそう。森崎めぐみさんも、これまでに幾度となく、大変な現場を乗り越えてきました。
「たとえば、野外ロケはお手洗いがなかなかないため、夏に屋外の撮影が続くと、よく膀胱炎にかかります。富士山麓を裸足で走るシーンを撮ったときは、翌々日に脚が腫れ上がり、慌てて病院に行ったら敗血症だと診断されました。現場ではアクシデントが起きることがあります。それでも、なかなか表に出づらい。そして、フリーランスで働く出演者やスタッフには、長らく労災保険さえ適用されてきませんでした」
労災保険とは、業務上で起きた負傷や疾病、障害、死亡に対して、労働者やその遺族のために補償を給付する制度。すべての労働者のセーフティーネットともいえます。
「調べてみると『俳優が労災保険の適用外である』という問題は、30年くらい前の国会質問でも取り上げられていました。それなのに改善はされず、むしろ、その後の数十年で景気が悪化したことで制作現場の予算も抑えられ、安全衛生のレベルを下げざるをえないケースが増えてしまったように思います」
芸能の世界はもともと「怪我と弁当は手前持ち」。さすがにロケ弁はいただいていますが、仕事で怪我をしたら自分の責任である、といった職人気質のカルチャーが根強く残っています。
「だからこそ、事故に遭っても、周囲に迷惑をかけないようにと泣き寝入りする人は少なくありません。誰が悪いわけでもないのに、悲しい思いをする人ばかりが増えていく。このような業界の空気を変えたい。そのためにも制度を整えなければいけないと考えました」
最低限のセーフティーネット「労災保険」を勝ち取った
森崎さんがはじめに着手したのは、芸能従事者に適用できる労災保険の申請でした。たとえば、同じフリーランスでも農業や林業、漁業といった7つの業種は、昔から特別加入業種に指定され、仕事のなかに危険な作業があるとして、労災保険が適用されています。
「そのうえ、わずか数年前からは介護事業者の方々にも労災保険が適用されていました。新しい職種が加えられる余地があるのなら、芸能の仕事をしている人も入れるのではないか? そう考えて厚労省の審議会に足を運び、要望書を提出したところ、フリーランスを保護しようとする昨今の流れもあってか、『では、具体的な状況を聞かせてほしい』と審議会出席のご依頼をいただいて。そこで、俳優やスタッフがどれほど安全に不安があって困っているか、事故の調査などの実態をご説明しました」
フリーランスの労災保険は、危険な業種にしか適用されないもの。たとえば農業従事者なら、2メートルある木の上から転落する可能性がある——厚労省でそうした事例を出されたとき、森崎さんは「劇場で仕事をするスタッフは、15メートルほど高さのある天井から転落する危険がある」と答えたそうです。
その審議会を境にはじめて調査が実施され、芸能従事者にも特別加入労災保険制度が2021年4月1日から適用されることになりました。森崎さんは、誰もが手軽にオンラインで加入できる全国芸能従事者労災保険センターを設立。その母体団体として、一般社団法人日本芸能従事者協会を立ち上げるまでに至ったのです。そして、次に考えたのは芸能従事者のメンタルヘルスケアでした。
「カナダの俳優組合では、独自に保険会社をつくり、演者のメンタルヘルスを守るためのさまざまな活動をしています。たとえば、クランクインの前やハードな役を演じる前後にはカウンセリングを受けるくらい、メンタルケアの専門家が身近にいてくれています。それならば、ハラスメントを受けたときでも、すぐに助けを求めることができるでしょう。日本ではまだカウンセリングのハードルが高いけれど、同じ仕組みを導入できたらどれほど安心して芸能の仕事ができるだろうかと思いました。コロナ禍でエンタメ産業が大打撃を受けたときも、話を聞いてもらえていたら、心を病む人は減ったのではないかと感じます」
そうしてつくられたのが『芸能従事者こころの119』でした。24時間いつでも相談できて、臨床心理士が対応してくれる相談窓口です。
「表に出る職業に就く方は、どうしても公的な相談窓口を使うことを躊躇いがちです。そこで『芸能従事者こころの119』では、セキュリティとプライバシーを完全に守るため、顔や声で人物が特定されないメール相談のかたちを取っています」
芸能従事者が公的なサービスを受けにくい、心と体のヘルスケア
取り組みがはじまって1年9ヶ月。日本芸能従事者協会には、約5万2,000名の会員がいます。69業種、約500名の芸能従事者たちが労災保険の加入を叶えました。ユーザーからは「生まれてはじめての安心」「なんだろう、この安心感」といった喜びの声をいただいています。
「せっかく協会をつくったので、さまざまな角度から仕事にまつわるお困りごとをヒアリングし、芸能従事者の働き方を改善する活動を続けています。しかも、WORK DESIGN AWARDを受賞できたおかげで、今は追い風。フリーランスを守るための新法も可決され、国も『芸能従事者の働き方を教えてほしい』という姿勢を見せています。実態を正しく伝えて、どんどん働きやすくしていきたいです。協会員だけでなく、同業の方々みんなに『芸能従事者協会に相談すれば、何かが変わるのかも』と思ってもらえるような存在になれたらうれしいですね」
2023年2月からは、協会に産業医が参画。心と体のヘルスケア、略称『ここケア』と題し、ストレスチェックや健康診断の受診などを実施。芸能従事者がよりよく働くために必要な機会を提供しています。
「『安定しない仕事に就いたのは自己責任』『芸能人が有名税を払うのは仕方ない』といった考え方もあるかもしれませんが、芸能従事者も生身の人間です。派手な世界で一攫千金を夢見ている方もいるかもしれませんが、ほとんどの方は文化や芸術を心から愛し、表現を仕事としてコツコツ取り組んでいらっしゃいます。だからこそ、すべての働く人たちにとって必要な制度やフォローは、芸能従事者にとっても大切なものだと思うんです。そして、そういうサポートを必要としている業界は、きっとほかにもあるでしょう。いまだに苦しんでいる他業界の方々が、私たちの例をモデルに行動を起こしてくださったら、どんどん世の中の働き方が変わっていくのではないでしょうか。そんなふうに考えています」
文:菅原さくら
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