読む、 #ウェンホリ No.03-02「自分が決めた道は、どんなにつらくても楽しめる」
<No.03-01から続く>
トップセールスマンから落語家への転身
堀井:31歳のときにキャリアの転身をなされたということで。まあ、この話はみなさん、ご存知の方も多いかと思うんですが。一応、どういう経歴で落語界に入ったんでしょうか?
宮治:普通に営業マンをずっとやってて。昔、お芝居をちょっとやりたいなって……舞台の方なんですけど。でもまあ、そんな全然才能もないし。もうこれは無理だと思ってたときにたまたま、化粧品の販売業と出会うことができて。まあ実演販売みたいなやつなんですけど。それになんかちょっとはまって、おもしろくて。自分も楽しくて。ワーッてやって売り上げは良かったんですけど、「これは一生続けていく仕事ではないな」っていうのをすごく感じてしまって。たぶん堀井さんの場合、ねえ。TBSに入社されて。
もう何千人のなかの1人として入社するわけじゃないですか。何千分の1とか。もうやっぱり一生の仕事というか。「これが私だ」っていうふうにたぶん、なれるはずなんですよ。私の場合はそうなれなくて。「自分はいったいなんのために生まれてきたのか?」って言うとちょっと言い過ぎですけど。なんか「自分が一生できる仕事ってないのかな?」っていうのがすごくあって。で、たまたま僕は落語と出会うことができて、会社を辞めてその世界に入ったんですけど。
堀井:トップセールスマンでもやっぱり、満足はあまりできなかった?
宮治:なんでしょうね? 「自分と今日、出会ったその目の前の人たちは、私と出会ったことによって幸せになったのか、不幸になったのか? 私と出会って良かったと思ってくれたのか、あのお兄さんと出会わなければ良かったと思ってるのか? どっちかな? 『あのお兄さんの口車に乗って今日、買うつもりなかったけどこれを買っちゃったよ』みたいな人がたぶん多かったんじゃないのかな?」って思ったときに、「僕は人を不幸にしてるんじゃないのかな?」と思ったらやっぱりもう、ちょっとそれができなくなってしまって。
「なにか人を幸せにできる仕事ってないのかな?」って、そんな……まあ、そこまではちょっとおこがましいですけど。ただ本当にそのときにYouTubeでたまたま、桂枝雀師匠という方の落語の動画を観て。たった1人のハゲ散らかしたおじちゃんが何百人というお客さんをひっくり返すように笑かして、涙流して手を叩かせて……あんな1人でこんなにみなさんを幸せにしてる、そんなおじちゃんがいるんだ! っていうのを観たときに、「なんだ? この俺との違いは? 同じ人間なのにまったくやってることが違う。もう、このおじさんになりたい。こんな人になりたい。ここまではできなくても、こういう仕事がやりたい!」って思って、そのままカミさんになる人と……まあ結婚式を控えていたんで。それで相談をしたら「いいよ」って言ってくれて。それでそのまま結婚式をやめて、この世界に入ったんですけど。
堀井:もう奥さんが肝っ玉というかね。なんか、許してくださって。
宮治:どうなんですかね? なにも考えてないんじゃないですかね? わかんないですけど(笑)。
堀井:でも31歳っていうことでしたので、なんかその「もう1回、勝負できる」みたいな。そういうタイミングはありました?
宮治:「もう1回、勝負できる」っていうよりは、もう本当に貧乏で……もう、しょうがない。ご飯をギリギリ食べられれば。ある程度、お金が入ってくる嫌な仕事でずっと、なんかそういう殺伐とした気持ちで仕事をしていくんだったら「好きなこと、やってまーす!」って言いながら一生懸命にそれをやって。「それで貧乏でも、『いいじゃん』って言っているほうが楽しいんじゃないの?」ってカミさんも言ってくれたんで。だからなんか勝負……「絶対に成り上がってやる!」とかいう感覚では入ってないというか。なんかしゃべって、それでお客さんがケラケラ笑ってくれて。それでおまんまを食べられたら、それはそれで俺は幸せなんじゃないのかな? っていうぐらいだったんですね。最初は。で、入ってみたら、「やってやるぜ!」みたいになりますけどね。負けず嫌いなんで(笑)。
堀井:誰しもそうですよね(笑)。同じステージに上げられるとね、それはスポットライトを浴びたくなりますよね。
宮治:ああ、堀井さんもそうなんですね?
堀井:いや、そうです。そうですよ。もちろんですね。
宮治:下の女子アナが毎年入ってくるやつを上から蹴落として……。
堀井:ガンガンガンガン叩いていってですね(笑)。
宮治:下のやつが噛むごとにガッツポーズして。
堀井:そうです、そうです(笑)。「やったー! もっと噛め!」ってね(笑)。本当に思いましたけども。まあ一旦、正直なことを話しましたけども。
宮治:フハハハハハハハハッ! 「正直なこと」って(笑)。
お金がなくても楽しかった前座時代
堀井:でも、そうやって本当に好きなことを頑張られて。まあ下積み時代もやっぱりあったわけですよね? 修行の4年間、5年間みたいな。そういうところもまあ、それでも頑張れた?
宮治:もう30、31で入って。うちの師匠、3代目桂伸治に「みんな、ほとんど年下だからな」って。極端に言うと僕、一回り年下の人が兄さんだったりしたんで。12歳とか、干支が一緒の。でも入って、その前座の先輩方に物を教わらないと、楽屋のなかってもう治外法権というか。ルールが普通の社会でまったく違うので、一歩も動けないんですよ。なんか余計なことをしたら、師匠方に怒られますし。まあ手が出てもね、こっちは文句言えないですし。
その年下の先輩方に指示されないとまったく動けない自分がいて。でも、そうして怒られたり、教えてもらったりしながら、徐々に徐々に慣れていって。結構まあ、最初の半年ぐらいはつらいんですけど。でも、そのつらさのなかでも、すごく楽しいんですよね。「一生、死ぬまでやっていく仕事を見つけられた」っていう喜び。今までやっていた仕事がダメな仕事ってわけじゃないですよ。営業という仕事はたぶん世の中にとって、ものすごく大切な仕事だし、誇りを持つべき仕事なんですけど。たまたま僕の場合は、ちょっとなにか考えるところができてしまって。それで落語家になったときに私にとってはもう「一生、これを続けていくんだ」って本当に思えるものにはじめて出会えたので。
今までなんか中途半端に、器用貧乏というか……なんかやると、たまたまちょこちょこうまくいってたりすることがあったんで。でも、それを突き詰めて、登りつめてはいない。だから本当に落語家になったときには、もううちのカミさんの人生も背負っていますし。何度も断られて、うちの人に頭下げてやっと取ってもらって。それで途中でやめたら、それはうちの師匠の顔に泥を塗ることになるし。
いろんな人に迷惑かけてこの世界に入ったので。「死ぬまでこの仕事を続けるんだ。そういうものに出会えたんだ」っていう喜びが強くて。毎日、寄席の楽屋で修行してるのが……10時間ぐらい怒られたり、怒鳴られたり、正座をずっとしてたりするのがすっごく楽しかったのを覚えています。あのときがいちばん楽しかったかな?
堀井:でも、なにか好きなものやってるときの、その覚悟が入ったときってね、何でも大丈夫ですよね。割と。
宮治:そうなんですよね。
堀井:お金なくても別に大丈夫なんですよね。
宮治:そう。金なんて本当に……1日行って、交通費を払ってカップラーメンを1個買ったらもうなくなるぐらいのものしか、前座さんってもらえないんですよ。定給っていう、定まった給料っていうものは。でも、それでも全然……前座のときに長女も生まれたんですけど。まあ師匠に許可を……本当は前座のときに子供を産んじゃいけないんですけど。うちの妻は私より年上だったんで。2歳上なんで。前座の半ばぐらいのときに子供を産んで。女の子だったんですけど。
雛人形を1個買うのにも、うちは両方とも両親がそういうことをきちんとやってくれるような環境にないので。2人で育てていくしかなかったんで。ビデオカメラを1個買うのも、雛人形を1個買うのも、本当に必死にお金を貯めて。今でもビデオカメラ、いちばん最初に撮ってるやつ。うちの長女は「わかな」っていうんですけども。「かあたん」って呼んでいて。それで「かあたん、お金ないけど、頑張ってビデオを買ったよ。かあたんを撮りたいから」っていう俺のひと言が残っていて(笑)。
堀井:泣ける……(笑)。
宮治:今でもそれは「ああいう時期があったな」っていうのはありますね。でも、それでも楽しかったですね。
堀井:いや、私もそうですけど。なんか好きなものを仕事にしてる者の宿命というか。まあ仕事がなくなるときもきっとあるだろうし。ねえ。みんなから注目されなくなる時期もきっとあるんだろうけど、でもそれは自分で選択したものなので、なんか許せますよね。そういう境地になっても。
宮治:そうなんです。そうなんです。全部、自分で決めて。自分で選んだ道なので。だからなんか「たまたまこれを紹介されて、この仕事をやって、こうなりました。今、これぐらいの給料で満足してるけど……」っていう人よりは、お金がなくてもなにをしても、「僕は今、楽しいです」って自信を持って言えた前座時代だったので。なんにも名前も売れてない前座なのに平気で「僕、落語家です!」とか言ってましたからね(笑)。恥ずかしい!
<No.03-03へ続く>
文:みやーんZZ
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