エゴは水中メガネ
ある方から、エゴは水中メガネのようなものだと教えてもらった。
その意味するところは、
エゴとは、あるがままを観るために用いるものであり、
その状況をコントロールするために用いるものではない、
というものだ。
つまり、
水中メガネは水中をのぞくために用いるものであり、
水中の状況をコントロールするために用いることはしないのと同様、
自意識も、状況をあるがままに認識するための役割であり、
状況をコントロールするために用いるものではないということだ。
なるほど、水中メガネに状況コントロール力などないのは
誰しも理解できることだ。
さらに説明は続く。
もし、エゴの本来の役割を越えたハタラキをさせようとすれば、
エゴは悲鳴を上げてしまう。
それは本来の役割ではないため、
過剰な仕事をさせようとすることになってしまうので、
そのことに対してエゴは反抗してしまうというのだ。
そうなると、エゴと自分との関係も悪くなってしまうが、
エゴとの良好な関係を保つことが大事であり、
そのためには、エゴにはエゴ本来の役割である、
状況をあるがままに認識する事だけをやらせてあげることだという。
そうすれば、エゴは本来の役割をきちんと果たしてくれる,
とのこと。
なるほど、言われてみればそうかもしれないが、
まだピンと肚落ちまでには至らなかった。
場面は変わって今日の朝、
私はいつものように片道30分の自転車移動を行っていたのだが、
九州とはいえ今朝の気候はとても寒く、風も冷たい。
そのまま自転車をこぎ続けるのが億劫になってしまいそうなほどである。
そこでふと、「エゴは水中メガネ」を思い出したのだ。
エゴの役割はこの状況をあるがままに認識する事であるならば、
この寒い状況をあるがまま捉えてみればいい。
すると、
現在の気温が0度であること、地面は白く凍っており、風は冷たい。
という事実をまず認識できた。
そして、
そんな寒さへの自分の體の反応としては、
現在指先が冷たくなっているが、それは
體の中心部を温めるために末端に血流が流れにくくなっているためである。
それは體の当然の反応であり、きちんと役目を果たしてくれている証拠である。ならば私は正常であり、そんな體の機能は有難いと思えた。
また、万全の防寒対策をしているので、
それでも寒さを感じるならばそれは仕方のないことで、
そこに自分の責任も課題もない。
以上のようなことをこの寒い状況下で確認できた。
すると、面白いことに、
「そうか!これがあるがままを捉えるということで、
寒い状況にぐちっぽくなったり、弱気になったりするのは、
エゴの本来の役目ではなかったのか!」
と「エゴは水中メガネとして用いる」ことを肚落ちできたのだ。
そうやって、エゴ本来の役目を果たさせてやると、
今度は、この移動中の寒気を面白がる方法はないか
そちらの方に私の関心を移っていったのだ。
そして、全身を駆使して自転車の漕ぎ方を工夫してみることで、
體を温めることを着想し、実際にそれをやってみることで、
體がかなり温まり、逆に冷たい風を心地よく感じることもできたのだ。
このようにして寒さを逆手に取ることができたのだが痛快であった。
このような体験から、
確かにエゴの本来の役割に専念させてやれば、
自分にとって一見不都合な状況下でもそんなに困らずに済みそうだし、
むしろ、状況を愉しむことだって十分に可能だということが理解できたのだ。
まさに、エゴは水中メガネなのだと納得である。
そしてさらに、
この学びをさらに肚落ちできたことがあった。
それは以前、ある人が
「自分自身のパイロットになる」
と言っていたことだ。
この人は、
認知行動療法を学んでいて
その知識を普段の生活に活かしているそうだが、
この人曰く、
何か現象が起こった時に、
その現象の影響下に居続ける時間よりも、
自分が現象を改善する原因側に居続ける時間を増やすことを
心掛けているそうで、
それが自分が自分のパイロットであり続けるためのポイントらしい。
つまり、自分自身のパイロットでいるということとは、
現象の影響下で翻弄される側ではなく、
現象を変える原因、つまり起点となることなのだ。
この話を思い出しながら、
「エゴは水中メガネである」という話とも組み合わせてみることで、
エゴとの付き合い方における自分にとっての最適解が
補強された感じがした。
最初は、エゴをあるがままを観るために用い、
次は、自分自身のパイロットとして、
状況に翻弄される代わりに、状況を愉しむための原因を
生み出していく側になるという具合にだ。
つまり、
「水中メガネをかけたパイロット」になるということだ。
ここで紹介した私の体験事例でいうと、
最初は、「水中メガネとしてのエゴ」で寒さをあるがまま認識し、
いいも悪いもない状態にした上で、
パイロットとして状況を愉しむことを
やってみたということになるわけである。
このように、
今回学んだ「エゴは水中メガネ」という教えに対して、
それを踏まえた体験的理解と、それらとリンクできる過去の学び、
の3つを組み合わせることで、
現時点での自分にとっての最適解を導き出すことができたのだが、
この「学びの三重構造」を着想できたこともまた収穫であった。
これから更に寒くなっていくが、
寒さという現象に対しては
「水中メガネをかけたパイロット」になることで、
中立的にかつ能動的に寒さを愉しめそうだと思えた。