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瀟洒なる自然とは

深田久弥著「瀟洒なる自然」を読む。
瀟洒とは、紅葉にこそあるといい、日本の山こそ瀟洒だと。
扉を開けると、馬車の後方に岩手山が写っている写真がとっても良いなあ。
揺蕩うという、使い慣れない感じの漢字がにあう写真だ。
50年以上前の本であるが、それでも自然が壊されていくことを嘆き、昔は良かったと語る。
登山だけでなく、海に行ったり温泉に行ったり、昭和の山と旅が同じだったころを、ゆったりとし感じで書かれていて素敵だ。
そんな深田久弥さんが、ご自身の著作「日本百名山」のブームと、百名山を歩く登山者の増加をみたら、いったいどんな感想を書くのだろうか。
山で話をすると、百名山まであといくつとか、今は二百に挑戦中だとか、そんな登山者が増える一方だ。
百名山、二百名山、三百名山を達成した、田中陽希さんのスターぶりをみて、深田さんはどんな言葉をかけるのだろう。
そういえば、「田中陽希とトレッキングin国見山」5月26日の開催で、一緒に国見山を歩いて、そのあとみんなでBBQを楽しもう、というイベント案内があった。無料かと思ったら、二つで5千円だった。残念。

眼下に山小屋が見えてくる
ホッと一安心する気ままな一人歩き


「瀟洒なる自然」では、軽薄な挨拶さえも煙たがり、カメラを持たない身軽さを説き、バスが通って歩く楽しみが失われたと、大いに嘆く。
頂上の祠に腰かけている若者を叱り、どこかの山岳会が頂上に勝手に立てた標識を抜いて燃やしてしまう。この辺は、思わず頷いてしまったりする。
リュックザックに名前が書かれている、こんな無粋はないともいう。
そのうちに、シャツやズボンにも名前が書かれるんだろうなと心配する。
今の登山者のスタイルを見たらなんて言うだろうか。是非、聞いてみたい。
帽子からシャツにズボン、登山靴まで、モン〇ルなどと書かれている。
我が身を見ると、頭は手ぬぐい、上着とズボンは仕事着、靴は長靴という、山菜取りでもしてるみたいな格好だ。

長い長い雪上歩きの果てに稜線が見える
枝が跳ねてビックリする


そんな深田さんが、どうして百名山なんかを書いたのだろうか。
山には差別も格差もないのかと思っていたら、やっぱりあるんだろうか?
これからは、頂上まで行かないで、山腹をぐるっと回るような山旅をしてみようかな。縦走はどうしよう。やっぱり、むずかしいよなあ。
中途半端でへそ曲がりな山旅編を、いつか投稿してみよう。


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