ぶなの森からの便り
そろそろぶなの森に行きたくなってきた。
ぶなの森は、夏油の山や、仙北の森に、濃く残っている。
千古不抜の森は、カッコよくて尖った山には似合わない。
遠くから見ると、ほとんど起伏のない、丘のようにしか見えないような山の懐にこそ残っている。
そして雪がたくさんふって、強風が吹いても守ってくれるような場所は、太くてまっすぐな、白い肌をしたぶなたちの住処だ。
そんなところは、熊も住み心地が良くて、木の洞のなかで冬眠している。
3月になり、太陽の角度が上がり、ぶなの木肌を暖めると、根元から雪がとけてゆく。ぶなの森の根開きが始まった。
カタクリや福寿草がいそいで花を開く準備をはじめる。
雪の下に閉じ込められていた笹が、急にがバッと立ち上がり、一瞬ドキッとする。堅くしまった雪は、起伏を平らにし、小さな沢を埋めて、どこまでもズンズンと歩いて行ける。大丈夫、迷ったりしないから。
こんな開けた森は、どこを歩いても必ず頂上につながっている。
ぶなの森が一番きれいなところまで行って、写真を撮って来るだけだ。
真っ白な雪原は、青空の下で急いで雪解け水を絞り出す。
一滴が、小さな流れにつながり、沢へと注いでいくと、青空の香りを嗅いだ岩魚が目覚める。
遠くで鹿がケーンと鳴いて、春が来たことを告げているようだ。
もうじきぶなの芽がひらく。小鳥たちの季節までわずかだ。
まるでおとぎ話に出てくるような、ぶなの森をたくさん知っている。
登山道から離れたところにこそ、秘密の自然が待っている。
長靴をはいて、カップ麺とバーナーをザックに入れて。
そうだ、こんな時こそ大きくて重いカメラを持って行こう。
ゆっくりと歩いて、古い写真機でパシャパシャと写真を撮りながら、汗一杯かいて、雪の上をさんぽしよう。
そんな森から、今年も便りが届く。