ミヘイル・サアカシュヴィリという人物を分析!
ミヘイル・サアカシュヴィリ。
ロシアウクライナ戦争において、メディアでほとんど登場しなかった人物だと思います。
なぜこの人を取り上げるのか。
先の投稿で紹介した「ウクライナ・オン・ファイヤー」というドキュメンタリー映画のなかで登場します。
サアカシュヴィリ氏はWikipediaでは結構な量の記述がされています。
そして、おそらくアメリカ政府によって雇われた傀儡政権作りのための人物であると思われます。
ということで、Wikipediaを中心にサアカシュヴィリ氏を分析していきましょう。
きっと納得できるような展開であると思う方は多いはずです。
出生地
1967/12/21、ジョージアの前身、グルジアに生まれる。
グルジアは、旧ソ連の支配下にあったが、ソ連崩壊とともに独立した国である。
ソ連の指導者ヨシフ・スターリンの出生地でもある。
グルジアは、現ロシアからするとウクライナや北朝鮮と同じ立ち位置に当たると考えるとスッと収まるはずです。
つまり、ロシアにとっての緩衝地帯であり、決して西側に支配されたくない地域だということです、
以下、Wikipediaを中心に分析していきます。
なお、Wikipediaの中身を貼り付けた部分は、確認のために記載したものです。
最後のまとめ欄を読んで頂いても構いません。
経歴
彼のこの経歴、アメリカの奨学金があってこそ適う話であるのは確かでしょう。
ジョージアで生まれ母子家庭で育った人が、ウクライナで学び、ノルウェーの人権委員会に勤め、アメリカで学位を取るなど、どこかしらの資本が入らなければ出来ないことです。
政界入り
アメリカでの勉学ののち、なぜかグルジアで政界入りしている。
1993年か94年ころでしょうか、アメリカへ渡って勉強をしたのちの1995/12月には政治家になっているのです。
考えられるでしょうか?
1992年のキエフ国立大卒からわずか5年で議会委員長とこの人気。
普通ではないのは確か。
政治家としての動き
2000/10/12、シェワルナゼ政権で法務相に任命される。
ジャーナリストが殺された事件で、シェワルナゼ大統領が腐敗をただす意図を持っていないことを非難し法務相を辞任。
バラ革命
不正選挙を理由にサアカシュヴィリ勢力はデモをしているように映る。
そして、平和的なデモと言いながらも議会建物へ押しかけ、シェワルナゼ大統領は逃げ出した。
ウクライナで起こったことと同じように感じます。
ウクライナでも極右勢力が警察と交戦し、議会を包囲するとヤヌコーヴィチ大統領はロシアへ亡命することとなったのです。
サアカシュヴィリ氏は、結果的に大統領就任となる。
大統領就任
大統領になってからはシェワルナゼ政権の一掃と財産を奪い、海外からの援助と言うがその相手はアメリカだろう。
汚職を摘発し民営化で税収増と良いことだらけの映るが、近隣の独立運動に対しての画策をしているのです。
メディア統制
報道機関への統制は厳しくなった。
メディア統制を行い取材も拒否となると、それは自分のやりたい放題の政策しかやらなくなります。
ジョージア抗議デモ
流れとしては政敵排除、デモが起これば武力弾圧という典型的な独裁政治のパターン。
政敵排除から大統領辞任までわずか2ヵ月。
再選でも公平性に疑問を持たれるなど、アメリカの後ろ盾でも民主化は出来ていない。
つまるところ、アメリカが介在しているからといって民主化は出来るわけではないという典型例です。
南オセチアへの侵攻
8/7から8/15までの1週間という短い紛争でした。
事案としては、サアカシュヴィリ大統領が南オセチア等の分離独立派に対してその自治州を武力侵攻したが、後ろ盾となっていたロシアの増援と反撃により撤退を余儀なくされたというものです。
また、その武力侵攻の計画は、以前から計画されていたもののようです。
そして、ロシアを非難する声明を発表というのは、まさにウクライナと同じ構図です。
ロシア人が多く住むウクライナ東部をネオナチが武力弾圧し、ロシアが武力介入して止めようとした行為を、「ロシアが侵略してきた」と批難するのと同じです。
そして、その勢力の裏にはアメリカがいる。
権勢の低下
2008/11月の反政府デモを皮切りにサアカシュヴィリ氏の支持は低下します。
デモには警察による武力鎮圧を図り、野党が大勢を占めることとなった瞬間に自らの行いを調査され、公邸の私物化、南オセチア紛争の開戦経緯と、次々と曝かれることになります。
そして、2013/11/17に大統領辞任という結末。
グルジアでの政治(中間まとめ)
彼は1995年以降、政治家として活動し大統領まで登り詰めますが、結果として独裁政治と私物化、武力弾圧、分離独立派に対する侵略行為とロシア批判ということがほぼ中心的な内容です。
このような彼に対して、国民は追い出すことを選択したのです。
しかし、下記の記事のように、ノルウェーの人権団体は彼に人権賞を与えるという異様な状況が現在です。
ノルウェーの人権委員会は、彼がかつて勤務していた団体です。
記事の中で、ジョージア首相は国民に対する侮辱と発言し、嘲笑しています。
このように、何ら国民から評価されない人物が、平然と人権賞を授与されていることからしても、国際的な人権団体がいかに腐敗した団体であるか。
それはグローバリストの団体だということでもあるのです。
Saakashvili のノルウェーの人権賞、民主主義はジョージア国民への「侮辱」 – 首相
(2023/3/28)
ウクライナでの政治活動
グルジア大統領を退任直後の2013/12月、なぜかウクライナの親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権に対する抗議デモに参加しています。
彼はロシアの暴力性をデモで訴えていました。
時系列で追うと、ポロシェンコが大統領となってからは、
2015/2月、国際諮問評議会の議長に任命される。
2015/5/30、ウクライナ国籍の取得とオデッサ州の知事に任命される。
オデッサ州は親露派が多いので、その鎮圧とみられています。
2016/11/7、オデッサ州の知事を辞任。
ここで、なぜかポロシェンコ大統領と敵対するようになります。
2017/7/26日、ウクライナ国籍を剥奪。(無国籍状態)
2017/9/10、ポーランド、リトアニアを訪れ、ポーランドからウクライナへ検問所を通過して入国(ユーリヤ・ティモシェンコ元首相ら支援者)
2017/10月、ポロシェンコ大統領に辞任要求のデモに参加。
12/5、国家転覆容疑で逮捕、犯罪組織参加罪で起訴、8日に身柄を拘束され、12/11に保釈された。
ウクライナ国籍もない人間がウクライナに再入国し、大統領にデモを行い逮捕起訴されるという流れは、政治的な支援がないと出来ることではありません。
2018/1/5、グルジア大統領時代の罪で実刑を言い渡されましたが、ポロシェンコ大統領は彼を不法滞在でポーランドへ追放しています。
これもおかしな話で、なぜグルジアへ送還しないのか。
なぜポーランドなのか。
2019/5月、ウクライナ大統領がゼレンスキー氏になると、ウクライナ国籍の回復と改革執行委員会議長というポストが与えられたのは、一体なぜなのか。
まさしく、アメリカの工作員としてサアカシュヴィリ氏がウクライナへ入り込み、またゼレンスキー大統領も同じ立場であるということだからです。
こうしてみると、ウクライナでの政治活動はポーランドを介した西側勢力に傾いた動きが目立ちます。
ポロシェンコ大統領は以前からウクライナの閣僚としても活躍してきた人物です。
同時に、カカオ豆ビジネスで成功しチョコレート王とも言われる人物。
そういう意味では搾取する側であり、グローバリスト側でもあります。
ユーリヤ・ティモシェンコという女性政治家にも支援を受けてポーランドから入国した経緯もありますが、ティモシェンコ氏はがロシアと西側のどちらよりなのかはハッキリしません。彼女は「ガスの女王」と言われていたようです。
そういう意味では、ロシアもアメリカも双方が彼女の役割を重要視しているのは確かですね。
ジョージアでの拘束、ハンガー・ストライキ
サアカシュヴィリ氏は、2021/10/1にジョージア(旧グルジア)への帰国を試みましたが、逮捕状が出ていたので拘束されました。
ハンガーストライキを行ったり、毒を盛られて治療を受けるなど散々な目に遭っていますが、現在はここまでで終わっています。
結局、西側の工作員としてグルジアとウクライナで政治を行い、成れの果てが獄中でもがいているのですね。
まとめ
プーチン大統領は、サアカシュヴィリ氏がオデッサ州知事となったことについて、ウクライナ・オン・ファイヤーの作品のなかで
そんな彼がアメリカへ渡航し、大学で学び、グルジアで大統領となる。
ウクライナのオデッサ州の知事になったときも、アメリカ外交官ジェフリー・パイアット氏は
グルジアは1991/4月に共和国として独立。
ソ連共産党員が多かったため、独立当時は紛争は絶えない情勢だったようです。
シェワルナゼ政権が10年続いている間に、国際連合に加盟。
2003年、バラ革命では不正選挙を理由に抗議デモが始まります。
同時に、サアカシュヴィリ氏がすでに運動に関わっており、アメリカも不正選挙を批難していることは、ウクライナのマイダン革命に似ています。
2004年からサアカシュヴィリ氏が大統領になったあとは、2008年に南オセチアを攻め入ったとき、ロシアの反撃にあいました。
Wikipediaでは、「コーカサス研究の廣瀬陽子によれば、ジョージアが主張した「ロシアから挑発があったから攻撃した」という主張は正当性がある」としています。
しかし、2008/9月、「オクルアシュヴィリ元国防相は、国防相在任中、大統領と共に南オセチアおよびアブハジアへの武力侵攻を検討していた」とあるのであって、ロシアからの挑発があったとの話が仮に事実だとして、それ以前に武力侵攻を計画し、実行したのはサアカシュヴィリ氏です。
彼女の経歴を見ると、米国のシンクタンクに関係があるようです。
廣瀬陽子氏は、度々メディアにも出ている人物で、所感としては「西側の言い分」を主に主張し続ける方でしょうか。
事実
では、事実を確認しよう。
物事は、事実を見ればおのずと分かることがあるはずです。
ロシア軍は、1990年代初頭の紛争で平和維持軍として南オセチアに駐屯しています。
グルジア軍の南オセチア侵攻に対して1週間程度で紛争を鎮圧した。
ロシアは、これを機に南オセチアとアブハジアの独立を承認しました。
ロシア軍は、国際的な停戦の受け入れを行ってグルジアから撤退しています。
その後においてもグルジアをさらに攻め入ることはしていません。
ロシアの緩衝地帯への介入は、主にNATOの拡大阻止でしかありません。
一体何のために、ロシアがグルジアを挑発するのでしょうか?
独立承認のため?
いや、それ以前から事実上、ロシア軍が駐屯していたのですから必要はないでしょう。
ランドパワー国家
これは、地政学的な話ですが、ランドパワー国家は外へ出て行くようなことは基本的にしない。
シーパワー国家は外洋を使って外へ出ようとします。
シーパワー国家は、アメリカ、イギリス、フランスなどを指します。
日本もシーパワー国家ではありますが、民族的には両方できるというのが茂木先生の話でした。
ロシアはグルジア大統領がサアカシュヴィリ氏であり、アメリカの後ろ盾で動いていることは承知です。
したがって、アメリカがロシアを脅かそうとした動きに対して抵抗しているのであって、それ以上は望んでいないことは行動から見れば分かります。
だいたい、グルジアや南オセチアの産業、人口規模を考えてください。
小さすぎて、先進国が率先して大事にしないといけない国家でしょうか。
経済規模として、他国が利を得られる国でしょうか。
この紛争で西側はロシアに経済制裁はしていないことが、利益とならないことを意味しているのです。
人道的に経済発展の協力をすることは良いとしても、それ以外でアメリカやNATOが介入するには、相応の理由が必要です。
それが「ロシアが悪」というレッテル貼り。
要らぬ紛争を意図的に起こし、そのたびに介入し、敵対するロシアを悪と言っている。
つまり、ロシアを攻め落としたいアメリカは、ロシアに対してあらゆる工作をもって仕掛けていること自体が「おかしい」と言っているのです。
ソ連崩壊後、ロシアが、アメリカが背後にいない紛争を引き起こしたでしょうか?
いや、無いと思います。
ロシアが介入する紛争の裏にはアメリカやNATOがいます。
西側がそのような行為をしなければ、世界中でアメリカが関与する紛争は無くなるでしょう。
日本においても同じです。
尖閣諸島問題や北方領土問題、北朝鮮のミサイル発射など、どれもアメリカを意識した行動です。
日本を盾にしたアメリカの存在がそうさせているのです。
ロシアが完全無欠の良識国家だとは言わない。
それは日本も同じです。
どっちが良いとか悪いとかではなく、根本的なことは国家のなかでの話であって、それは民族、風習、歴史に依存します。
平和な世界を作る前に、自国の平和が第一だということが国として当然の国益だということです。
西側の目的は、グルジア、ウクライナのNATO加盟でした。
それはロシアを潰すための戦略の一環。
ロシアを潰して、ロシアの国富をぶんどろうとしているだけの話です。
すべてが計算の上で、長期的に工作員を送り込んでいくのがグローバリストでありDSなのです。
アメリカ政府やNATOは、そういった連中に使われているだけの組織と言っても過言ではありません。
サアカシュヴィリ氏がこれからどうなっていくのか、獄中で、あるいは誰かが助けるのか。
普通に考えれば、ただの政治家です。
犯罪で投獄されているのならそれは償うことになる。
しかし、アメリカがまだ必要とするなら圧力をかけるでしょう。
あるいは、用済みとなった?
ジェフリー・エプスタイン氏のように・・・
追加投稿
アブハジアの独立化(2023/6/4)
南オセチアとともに自治権と独立を望んでいる地域であり、ロシアが後ろ盾となっている地域です。
そして、アブハジア人がグルジアからの独立と親ロシアであるという内容が記載されています。