見出し画像

突然の仙台

このお話は「突然の辞令」の続編になります。
初めての方は是非前編からにご覧ください。

******************

「相談には乗るから。」

そういった時の部長は微かに微笑んでいる様に見えた。
元々そういう顔つきだからかもしれないが、
普段となんら変わらないその顔色にわたしは
「私が異動することについて何も感じていないのではないか。」と少し悲しく思った。


そんなことを感じながらも、わたしの脳は「転勤」することで起こり得る可能性、対策について頭をフル回転させていた。
こういった状況でも考えることを放棄しない…放心せず考えられるということは全人類に共通することなのか、はたまたわたしが特殊なのかは分からないが、わたしは至極冷静に、淡々とスケジュールの確認を行った。

7月付人事ということは6月末から7月頭で引っ越し。
仮に6月末に引っ越しすると考えた時、考えられる心配ごとはなんだろうか。

真っ先にわたしの頭に浮かんだのは間近に迫る結婚式のことであった。
住所が変わることで不都合がないか、
これから行われる衣装合わせや打ち合わせで関東へ帰ってくることができるか…など心配事が次から次へと溢れてきた。
幸い、コロナ禍ということもあり打ち合わせは全てWEBで対応している。
前撮りデータ、記念アルバムの送付についても事前に連絡をしておけばなんら問題はないだろう。
衣装合わせについても旦那のタキシード試着は6月頭に予定しているためこちらもさほど問題はない。
敷いていくならば結婚式直前の私の衣装・小物合わせ、エステ、それにかかる交通費くらいか…と、思いの外大事にならない事実に安堵したところで部長から声をかけられた。

「…ねえねえ、聞いてる?大丈夫?」

ウンウンと唸りながら考えているわたしを心配したのか、部長は私にそう声をかけた。

「あっ、すみません。大丈夫です。」

そんなに深刻そうな顔をしていたかな、と少し申し訳ない気持ちになりながらそう答えた瞬間、
部長は顔をくしゃっとさせ満面の笑みでこう言った。

「いや〜、仙台いいところだよ、本当に羨ましいよ〜。
美味しいものもたくさんあるしさぁ、ね。
ほら!牛タン食べ放題だよ!好きでしょ?牛タン。」

最初に話す内容が食べ物の話かい。
と、仙台への思いを語る部長に私は失笑してしまった。

「牛タンは確かに好きですけど、食べ放題ではないでしょ。」

おもわず強めに突っ込んでしまったが、
部長は特に気にせず「確かにな〜、結構ちゃんと値段もするしな〜」と返事をする。


「でも確かに宮城県には温泉も山も海もありますし、アウトドアにももってこいの地域ですよね。」

正直、間近に結婚式がなければ、仙台への異動というのはかなり魅力的であった。
職場も環境もとても良いと社内では評判であるし、
仙台から本社に来た社員は口を揃えて仙台にいたかったというくらいだ。

アウトドアの話になった瞬間、部長の顔はさらにパッと明るくなる。
「そうだよ〜。日本酒もいいよ。蔵めぐり最高だよ。
 あとね、松島には美味しい牡蠣が食べられる場所があるし、ね!日本酒と牡蠣なんて最高じゃないの。
 旦那さんと行ってみたら?」

「そうですね。引っ越し落ち着いたら行ってみます、旦那さんと。」

そう伝えた時、わたしは再び固まった。
あれ、そもそも旦那はついてくるのだろうか。

結婚式という大きな課題が頭を占めており、
旦那のことは全く考えていなかった。
結婚式のことも、仕事の引き継ぎも全て旦那が仙台についてくる前提で考えている。
男性の転勤で女性が仕事を辞める話は世間でもよく聞く話だが、女性が転勤になる場合、みんなどうするのだろう?

部長はうっとりとした顔で
昔松島で食べた牡蠣食べ放題の話を全身で語っている。
そんな部長の話を遮り私は声をかけた。

「部長…」

「ん?」

「…うちの会社で女性が単身赴任している前例とかってあるんでしょうか。」

「あー、うちの会社では聞いたことないね。元々総合職は全国転勤が基本だから結婚した女性はみんな辞めてしまう人が多いし。」

そうですよね…とわたしは小さな声でつぶやいた。

自分自身が転勤を伴う総合職採用であることは知っていたし、旦那さんともそういう日がいつか来るかもしれないことは話している。
しかし、まだまだ異動なんて先の話だろうと思っていたこともあり、特に情報収集もしていなかった。

わたしの不安な気持ちが部長には届いていないのか、再び部長は仙台での楽しい楽しい思い出を語り始めた。

私はひとりでは解決できない問題を頭の中でぐるぐると反芻させながら部長の思い出話を聞くのだった。

******************

「とりあえず今日帰ったら旦那さんと相談してみます。」

本当に仙台が好きなのだろう。
結局、辞令を言い渡されてから40分近く、わたしは部長の思い出話に付き合っていた。
最初は楽しく聞いていたが、流石に長すぎる。
不安になってきたわたしはそう言って半ば無理やりデスクに戻った。
そして今、やっとこさ帰路に着くことができたのだった。

帰り道で仕事で頭をいっぱいにできない今、
わたしの頭は仙台への転勤に対して旦那がどう動くのかそればかりを考えていた。

わたしが仕事を続けるという大前提の中、旦那が取りそうな選択肢は三つだ。

①旦那が仕事を辞めて仙台についてくる
②旦那が東京で働き続け、わたしは仙台へ単身赴任
③旦那は今の会社でフルリモートで働き、仙台についてくる


わたしの旦那、「大介」というが、歳はわたしの三つ上の28歳であり、今年の3月まで学生であった。
一般的に大学を卒業するとことを学士卒というが、彼は学士卒業後、より専門知識を学べる「修士課程」、さらにその上の「博士課程」を経て卒業しているため年齢は上だが、卒業がわたしより遅いという状況になっている。
今年の3月卒業ということは今年の4月、つまりわたしの旦那はわたしの辞令が出る一ヶ月半前に就職したばかりなのだ。

可能性のひとつ「①旦那が仕事を辞めて仙台についてくる」が難しいと予測した要因はここにある。

古い考え方かもしれないが、転職活動において「目安として3年間働いてから」という考え方が残る現在、
また、コロナ禍という就職しにくい環境である中、半年足らずで仕事を辞めて転職するという判断は彼としても難色を示すのではないかと感じたのだ。

3年間働いてから辞めた方がいい、と言うように、一年もたたずして転職をするというのは受け入れる側のイメージに影響を与えるのではないかと思う。
また、わたしが今の仕事を続けたいと思う気持ちと同様、旦那もこの会社でやっていきたいという思いがあるのではないか。

そう考えた結果の②、③の案である。
しかし、③についてはわたしたちがどうしたいかよりも「旦那の会社の意向」が深く関わってくる。

彼が働き始めた会社は、本社や支店は東京、大阪にしかなく、仙台にはない。
現在はコロナ禍で在宅勤務となっているが、基本的に在宅勤務を推奨していない会社であると以前聞いた覚えがある。

つまり③の「今の会社をフルリモートで働き、仙台についてくる」ということもかなり可能性が低いといえる。

「単身赴任かぁー…」

思わず口から漏れていた。
わたしにとって一番良い選択は単身赴任。
悪いほうは考えたくない。

わたしの異動で今後の旦那の働き方の選択肢を狭めてしましまうかもしれない。
そう思うとゾッとした。

結婚したとはいえ他人。
ましては人生の大半を占める「働く」ということをわたしの都合で縛りたくない。
旦那がどうしたいかしっかりと聞いて、それがどういう結果であれわたしは受け止めなければならないのだ。


******************

夕飯が並んだ食卓が目の前に広がっている。
わたしの帰りが遅い時、旦那は夕飯を作って待っていてくれる。
この日も旦那の作った夕飯が既に準備されていた。

わたしは料理下手ではないが味付けが塩のみ、醤油のみととにかくシンプルである。
まるで精進料理のような見た目のわたしの料理に比べ、旦那の料理はカラフルで多国籍な雰囲気が漂っている。
この日も美味しそうな手作りカレーが用意されていた。

わたしが手伝えることはほとんどないため、いつも通りおとなしくテーブルに座って料理を待っていた。
この部屋とももうすぐお別れか…と心の隅で思いながら
クルクル番組を変えるわたしに旦那がお待たせ!っと料理を持って隣の席についた。

さて、どう話そうか。
どのタイミングで切り出そう。

ぐるぐる頭の中で考えていたわたしだが、
お互いいただきますと言った瞬間、間髪入れずにわたしはこう旦那に聞いた。

「超絶面白い話とそうでもない話とどっちから聞きたい?」

わたしの声は落ち着いていた。
自身の性格上、重たい空気で異動の話を切り出すのは無理、隠し事もできないタチであるので悩んでる暇があるなら言ってしまおうとした結果だった。

食い気味にそう発したわたしに少々驚きながら旦那は
「え、面白い話がいい」
とふふっと笑う。

「わかった。」

わたしは一呼吸置いてしっかりと彼の顔を見る。

「この度、辞令が出まして…」 

「ええええ?!ほんとに?!」

「…ほんと。」

旦那の驚き方は想定内。

「場所は仙台になります。」

場所を聞いた旦那は体を椅子の背もたれに任せながら長いため息を吐いた。
そして「仙台か…遠いな…」と呟いた。

「遠いよね…しかもこのタイミングか!って感じだよね」

ここからだ。
ここから旦那はどんな反応をするのか。
一番の心配事はなんなのか。
それ次第でこれからの行動は決まる。

「仙台か…住んでみたいなぁ…」

「まあ…確かにそうなんだけどね。」

「こういうことないと一生住まないだろうしね…」

「うん…」

「いいじゃん仙台、一度住んでみたかったんだよね!」

「うん…ん?」

思わず大介の顔を見る。
カレーのために開いた口があいたままになっている。

「ついてこうかな…!仙台!」


旦那と結婚して六ヶ月。
結婚式まであと四ヶ月。

わたしと旦那様の波瀾万丈な人生はまだ始まったばかり。

続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?