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突然の辞職宣言


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このお話は続編になります。
初めての方は是非一話目からご覧ください。

◼️突然シリーズ
第一話:突然の辞令
第二話:突然の仙台

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「ま…じ?」

驚きのあまり言葉が出なかった。
しかし同時的かつ複雑なわたしの感情を表すには最短で最適な言葉だったと思う。

「まじ」なんて言葉を使ったのはいつぶりだろうか。
少なくとも社会人になってからはほとんど口にしていない。
会社で使うには少々…大分フランクな印象をもつこの言葉は正直使うタイミングがない。
また私個人の話になるが、品のある女性に憧れ「まじ」という言葉を封印した時期もあった。
人知れずして大学デビューを果たしていたのである。

余談にはなるが、「まじ」という言葉を封印する上で一度語源を調べたことがある。
いかにも若者言葉というイメージのこの言葉。
わたしが中学生ごろに使い始めたため、その時代の歌手かドラマが始まりだろう…と考えていたが、予想に反して起源は江戸時代の芸人楽屋言葉だそうだ(諸説あり)。

この言葉はわたしの経験上、人々の口伝いで現在まで使われているのではないかと思う。
そう思うと「まじ」という言葉が急に儚く感じる。
わたしのように品の良さ目当てに大学デビューを考えていたら、言語を継承する人間が一気に減ってしまうかもしれない。

その事実を知った時、文学的には使い続けたほうが良いのでは…とも考えた。
が、最終的にこの言葉を使わない方針に決めた。
素敵な大学生になるには文学よりもわたしの今である。
この言葉はの継承は現代の中高生に早々に託すことにした。

話を戻そう。
驚きのあまり、咄嗟に長い単語が使えなくなったわたしはスプーンにカレーを装ったまま旦那の顔を凝視していた。
純粋に喜ぶべきか、冗談なのか聞くべきか。
次の正しい言葉を選べないで固まっているわたしをみて、
わたしが自分の回答待っているのだと勘違いしたのか、先に言葉を発したのは旦那だった。

「今の会社、思ってたのと違ったんだよね」

早くない?まだ5月だよ?
そう言いかけたが、言葉をぐっと口に留めた。
あんなに「旦那の人生だから。」と理解のある人間でいようと考えていたのに旦那の反応に思わず否定的になってしまう。
落ち着こう。

「そうなんだ、仕事はどうするの?」

「…やめようかな!」
笑顔であっけらかんと答える旦那。

以前も述べたように、わたし自身、単身赴任をしたいと思っているわけではない。
できることならわたしも一緒に生活をともにしていきたいと考えてる。
しかもこの「一緒に住む」というのは至極簡単に実行に移せる。
どちらかが仕事を辞めてついていけばいいのだから。
ただし、生きる上でどうしてもお金という問題が発生してくる。
コロナ禍での就職の難しさを考えるとやはり即座に仕事をやめるという判断はできないと考えていた。

それなのにどうしてあなたはそんなに呑気なんだ、と沸々と感情が湧き上がってくる。

「思っていたのと違うってのは…働いてて楽しくないってこと?」

わたしは手元のカレーのご飯とルーを混ぜながら問いかける。
先輩とのやり取りとか、会社の雰囲気とかで働きにくい、という意味だろうか。

「いや、働くに楽しいも何もなくない?
思っていた仕事、というか仕事のやり方が違ったってこと。」

わたしのムッとした声に気が付いたのか、旦那も少々イラつきながらの返答だった。

研修で企業の形が鮮明に見えてくることはよくある。
わたしも最初、イメージと現実と多少のギャップがあったからわかる。
でもそれは会社都合によるものだったり、徐々に慣れてきて新しいやりがいを見つけられるようになるものではないのだろうか。
苛々とした感情からか、すでにわたしは旦那の意見を許容する余裕はなかった。

「私は正直単身赴任がいいと思う。」
カレーを混ぜる手が止まり、しっかりと旦那を見てそう言った。

「これから色々とお金も入り用だし、わたしのお金で二人分の生活を賄うのは流石に無理だもの。
 やめるって簡単にいうけど、このコロナ禍で再就職できる可能性も少ないでしょ。
 ただでさえ難しいのに、入社数ヶ月で辞めた人って再就職にも影響出てきそうじゃん。
 今の会社でフルリモートできないなら、しばらく単身赴任して就活しつつ、働いて決まったら辞める、とかの方がいいじゃない?」

全部言ってやった。
普段言い負かされてばかりのわたしがこんなにも言い返すのは珍しいからか、旦那が意外そうな顔をしながらぽつりと呟く。

「まあ、そうだよね。
 フルリモートはね会社が認め無さそうだけどとりあえず明日聞いてみる。」

「お願いします。」

「…仙台かぁー、せめて結婚式が終わってから異動したいよね。」

「そうだよね。異動の通達はまだでていないし、部長も相談に乗ってくれるって言ってたからダメ元で明日聞いてみるよ。」

そのあとはただただ二人して仙台の魅力について話した。
部長から聞いた美味しい牡蠣小屋のこと、新婚だからもう少し配慮してほしかった!などの愚痴も含め。
先ほどまで沸々としていた感情が落ち着いてきたからか、
ふと、わたしは先程の言い合いで旦那が一度もわたしに会社を辞めろと言わなかったことに気がついた。
以前わたしが伝えた通り、わたしが仕事を続けたいという意思を尊重してくれていたのか、単に今の会社を本当に辞めたかったからかわからない。
しかもわたしの突然の報告だ。
あっけらかんと仕事を辞めると言ったのも、わたしと同様、場を和ませようとしたのかもしれない。
また、わたしには熟考する時間があったが彼にはほとんどなかった。
そんな中で勝手に苛々して自分の意見をぶつけたと思うと自分勝手な対応をしてしまったと今になって後悔をする。
ああ、品のいい女性にはまだまだ遠いな、と空っぽになったカレー皿を持ち席を立つのだった。

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翌日。
会社で定刻より5分早く始業ノベルがなる。

「相談には乗るから」と言った部長の言葉を信じ、
①異動は受け入れること、②異動日を7月から10月に変更できないか、の2点に着いて相談することにした。

どのタイミングで部長に相談しようか、
そう考えてた時、部長に呼び出された。
呼び出されたのは辞令の発表があったあの広い会議室。
ノックして入ると、
「旦那さん…どうだった?」
と部長が前のめりに聞いてきた。
後ろでパタンと扉が閉まる。

「とりあえずわたしは会社を辞めない予定でいます。
 ただ旦那さんの仕事があるので単身赴任かついてくるかはまだなんとも…。」

「そうかそうか。とりあえず旦那さんと話せてよかった。
 旦那さんリモートワークが主体なんだっけ?」

「いえ、それができれば一緒に異動できるかなと思うんですが厳しいと思います。
今日会社に確認してもらってます。」

昨日のやりとりを淡々とはなした。
わたしは一呼吸おいて続けた。

「それで部長相談なんですけど。
 結婚式準備の関係で、結婚式の1ヶ月前は週に一度打ち合わせ等々でこちらに来なければならないんです。
仙台から通うのは経済的にも少し厳しくて…10月人事異動に変更できませんか?」

部長はわたしの発言に笑った。
「いやーそれは無理だよ。
 内示に関してはもう俺だけじゃどうにもできないからね。」

「じゃあ交通費の援助とかは…」

「そう言うのも聞いたことないし難しいと思うな。」

ですよね。

人事発表を覆せる可能性は低いと思っていた。
ただ相談には乗ると言ってくれたので何かしら動いてくれると勝手に期待してしまった。

わたしが部長に相談してわかったことはひとつ。
部長が相談に乗れることは仙台のうまいもの情報の提供とわたしのメンタルケアだけであったことだ。

「ちなみに全社員への通知っていつ出るんでしょうか?」

「来週水曜日だから…5日後だね。」

思ってたより早い。
五日間でわたしが会社を辞める判断をするのは流石に難しい。
異動に向けて動き始めなくては。

旦那と結婚して六ヶ月。
結婚式まであと四ヶ月。
仙台へ異動まであと一ヶ月半。

わたしと旦那様の波瀾万丈な人生はまだ始まったばかり。

続く。

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