優しい嘘の罪
今思えば彼は現在を生きていなかった。未来を生きようとしていた。未来を生きようとすれば、それが現実になると思っているようだった。
そう思うのもごもっともだ。彼は今まで未来を信じて未来を創り、それを現実にしてきた起業家、いや実業家だからだ。彼は考えた未来は実現できると信じていた。だから彼は多くの人に未来を語った。相手のためではなく、自分のために。
それでも現実を生きなければならない時があった。その時、彼は優しい嘘をついた。嘘も方便ということわざがあるが、優しい嘘は方便なのかもしれない。
その優しい嘘は結果的には多くの人を傷つけた。結果的にというのは、その場では気づかれないからだ。優しい嘘は相手を心地よくする。
嘘にはいくつか種類があると思う。
隠そうと思ってつく嘘
相手を傷つけないための嘘
自分を守るための嘘
彼は自分を守るために優しい嘘をついた。目の前に一緒にいなければならない人がいる時、楽しそうに振る舞う嘘をついた。つまらなさそうにしたら怒られるからだ。喜び上手も優しい嘘だ。
彼は優しい嘘をついている自覚はない。気づいたら自分が苦しいので、わざと知らないふりをして誤魔化していたのだろう。
優しい嘘をつかれた女は、ますますその嘘を買った。買わなくなったら真実が表れることを恐れて。
彼が生き血を吸うためには、優しい嘘という毒で相手を麻痺させなければならなかった。