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「じごくだより」って、なに?
こんにちは。じごくよりお届けします。
と、この挨拶も5回目。なんで地獄やねん!って思われた方もいると思います。今回伝えたいことはあんまりないですが、僕の地獄、僕が地獄を生きる理由、そして、このブログの名前、「じごくだより」の理由を説明してみたいと思います。しょーもない回(といっても結構書いちゃった)です。ごめんやで。
1回目の記事にも書いたように、僕は生きることへの才能が他人よりあまりありません。めっちゃないってほどではないんですけど、平均値よりないなぁって思ってます。キャパが狭いんですよね。大人数で居ると疲れちゃうし、頼まれごとしたら気がかりになっちゃう。いいこともあるんかもしれんけど、この世を生きるうえでは少し不利かもと思っています。それに気づく前、僕は常に、「なんで僕はこんなに苦しく生きてるのだろうか?」と思っていました。でもわかったんです。僕にとってこの世は地獄なのだと。でも、地獄の中で息をすることこそが、人生なんじゃないかと。
かっこよ書きましたけど、要するに必死こいてやってかへんと死んじゃいまっせゆう事です。ダサく聞こえたらそれはそれで困るんですけども。
では他人が苦労してないの?と言われたらそれは違いますよね。みんなどこかで苦しい思いをしている。それが僕の場合これだったということです。
地獄を、地獄と認識することは僕にとって大きな一歩でした。正確な現状把握は飛躍的な結果を生むための第一歩ですからね。ポジティブになるという選択肢もあるんでしょうけど、僕はアンミカタイプじゃないから、地獄は地獄として生きたほうが楽でした。白は1色です。
地獄でなぜ悪い??
そう思うことが僕の生きる糧になっています。地獄として最後まで行くのだから、このフィールドが大きく変わることはない。ならば、地獄の中で最も綺麗な花を見に行こうと。かっこよく書きました。星野源さんの曲に「地獄でなぜ悪い」という曲がありまして。その言葉を借りています。僕が好きな歌詞は、「作り物で悪いか。目の前を染めて広がる。動けない場所からいつか明日を掴んでたつ」「ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ」です。ベタですけど、勇気あふれるかっこいい歌詞。地獄から逃げ出したとしても、それは虚無であり、空虚です。目の前の地獄と向き合うことでしか、答えは出ない。
作り物なんですよ僕は。僕は地獄に適合したサイボーグ。自分を捨てたんです。自分を捨てないと、生きていけない。
この世を、この世として生きていた自分を捨てて、地獄を生きる自分として生まれ変わった。作り物。でも、作り物で悪いんでしょうか?完璧なものって美しいでしょうか?こうやって、汗水垂らした作り物でも、成果をあげて明日を掴んだら、それは人生だろうと。だから、地獄でいいんですよ。作り物のでいいんです。ポジティブなんかいらない。僕を唯一救うのは成果、それだけです。
成果が出るまでは地獄を地獄として生きてていいんです。地獄から脱走したり、辞めちゃったりはしない。逃げも隠れもしない。地獄は地獄でいい。
だけれど、地獄の住人になって寝そべりはしない。常に旅人なんです僕。たまたま訪れた先が戦争してるみたいな感じです。だから、この地獄に故郷を感じない。思い出はあっても思い入れはない。そのくらいの気持ちなんです。地獄でもがくことこそが、僕を救う手段です。
以上僕の見ている地獄をお届けしました。
この世の誰もが、地獄を生きていますよね。あなたにはあなたの地獄。僕には僕の地獄。
ちなみにこのブログでは地獄をひらがなにしています。理由は単純で、地獄の絵面が怖いから。恐怖心を与えたくなくて。おかあさんといっしょ、みたいな感じです。あんまり意味はありません。
地獄から発行するじごくだより。たよりって皆さん覚えてますか?小学校の時にもらってた「学級だより」とか、「学年だより」とか。あれです。たよりっていいよねなんか。こうやって学校の言葉に固執するのもなんかダサいけど、「便り」って響きがおしゃれ。しょーもない理由でごめんなさい。キャッチーな方が見てもらえるかなってそういう犯行理由です。反省はまちまち。
以上、僕が地獄を生きる理由、そして「じごくだより」についてでした。
ありがとうございました!