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リアカーをひくひと
学校から見える道を、ときどき通るひとがいた。
そのひとは、リアカーをひいていたんだ。
わたしは、なにも知らなかったけれど、
そのひとは、なんの罪もないのに、
「えんざい」といわれる罪をかぶせられたのだそうだ。
その頃、そのひとは、地域ではちょっとした有名人だった。
学校の窓からそのひとを見かけると、誰かが
「○○さーん!!!!」と声をかける。
「がんばってーー!!!」と言うひともいた。
みんなで騒いで、手を振った。
○○さんは、そんなとき、必ず、リアカーをとめて、
学校の窓の方を見て、手を振る。
そうするとみんな、とても喜んだ。
「えんざい」って、よく知らないけれど、
なんだか○○さんは、この辺りのヒーローなんだな、と、
新参者のわたしは、そう思った。
大きくなって、刑事裁判について、学ぶ機会があった。
○○さんは、全国区でも、有名な、冤罪事件の当事者だった。
わたしはそれを知った時、なんとも言えない、複雑な気分になった。
わたしたちは、子どもだったとはいえ、
あのひとのことを、あんな風に扱ってよかったのだろうか?
あのひとは、どんな思いで、立ち止まって、リアカーを止めて、
わたしたちに手を振ったのだろう?
嫌だった時はなかったのか?
本当は、どんな表情をしていたのだろうか?
当時のわたしは、大人になるにつれて、
こどもをとても残酷な存在だと思うようになっていった。
そこからさらに、いろんな経験をした。
今はもう、こどもを残酷な存在だとは思わない。
わたしはまた、大人になりたてだったあの頃とは、違う思いでいる。