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『推していく』(モノローグ)<ショートストーリー>
楽しかったね、久しぶりに皆んなで集まれて。
びっくりだよね。ケンくんだけなんだもん、ラグビー続けてたの。
コロナ禍で会えない間にいろいろ変わったね、世の中も、人も。
え? うん、同じ会社だよ、ずっと。
マネージャーだったからさ、私は。卒業と同時にただの社会人。
それはそれで、なんか寂しいけどね。
え?
ああ、聞こえてた? そうなの、好きな芸人さんできちゃって。
コロナ禍で配信見まくってたら、沼落ち。
あるあるだよね。
かっこよくてさ。
いや、見た目じゃなくて、生き様?
は?? 何言ってるの!
お気楽じゃないよ、全然。
お笑い、なめんなよ!
見えないところでめっちゃストイックなんだよ。
日々、自分の限界に挑戦してるんだから。
舞台での瞬発力は、日々の鍛錬の賜物なんだから。
あ、熱くなっちゃった。ごめん。
うん、するよ、遠征も。
地方の小さなホールでも、無料のイベントでも、手を抜かないのよ、彼ら。
それに、東京のホームの演芸場でやってる時とは違う顔も見れるしさ。
レベルの高いパフォーマンスとか、一生懸命な彼らの姿を見るだけで、その日どんなに嫌なことがあっても、乗り越えられるの。
そう、それ! 生きる糧。マジそれ。
前向きに過ごせる人生のコツだね、推しがいるっていうのは。
自分より推しが褒められるのが嬉しいんだよね。
あ、名言があるんだよ。
「下を向く時間があるなら、推しの方を向け」
よくない?
誰かに無条件の愛を差し出してるって思うと、自分のことも認めてあげられるような気がして。
あれ?
ケンくん、大丈夫?
何か元気ない感じ。飲み過ぎた?
そういえば、この間のリーグ戦で痛めた肩、もう大丈夫?
え?
何でって、見てたから。
そ、現地で。やってないでしょ、テレビ中継とか。
あのヒットはやばかったね。
ううん。全試合。
うん、花園ラグビー場もだよ、当然。
ケンくん、SNSやってないじゃん。
だから、スポーツ雑誌とネットの記事と、あとはチームの公式アカウントとか小まめにチェックしてるんだ。
…ああ、うん。
言ってはなかった、ね、確かに。
ん? 何か微妙なリアクション…。
ええと、足りてない? 説明。
うーん、自分的には当たり前すぎて。
え、どうしよう。どう言えばいいんだ?
沼とかじゃなくて、日常なんだよね。
ああ、沼を通り越してるってことかも!
やばいね(笑)
言うつもりなかったんだよね。
無条件の愛を差し出してる状態を楽しんでるの。
一方的なのよ、こういうのは。
え? 芸人さんも推してんじゃんって?
あのね。
違うから、次元が。
浅瀬で浮き輪つけてチャプチャプしてるのと、
沖まで出て、広くて深いとこでゆうゆうと泳いでるってぐらい違うの。
通じた?
だから。
ラグビーに向き合ってるケンくんは尊い。
推しているんだよ、ケンくんを。
最推し。
大学の時から、ずーっと。
(小さい声で)気づけよ。
ううん、何でもない。