はるさ〜ん、 えーん😫
寅ちゃんのお母さんが亡くなってしまったー。
はるさ〜ん😫。
道夫くんという孤児の子を抱きしめて「よく一人で頑張って生きてきたね」と
伝えるシーンは 私の祖母が話してくれた身内の話と被って泣けました。
その子は 満州から引き揚げてくる途中で 母親が死にました。
日本に帰ってきて 上野で浮浪児として孤児院などに保護されても
結局 逃げ出しました。
身寄りが暮らしている田舎を目指して来たけれど どこに居るかも分からず
結局 畑の作物を荒らして盗んで捕まって。
色々なツテを辿って 祖母に連絡が来たのですが(祖父の妹の子供だった)
祖母にしてみれば 血の繋がりのない甥っ子です。
祖父は仕事にかこつけて甥っ子に逢おうともしない。
祖母は片道30キロ以上の距離を歩いて その子のいる少年刑務所に出向き
差し入れをして 刑務官にちょっと付け届けをして その子の処遇を良くして
貰おうと努力して。でも12人の家族を養っているのに これ以上 子供を
引き取ることは出来ないと言うしか無くて。
道夫くんと同じように荒ぶる甥っ子に「何でもかんでも拒絶しちゃダメだ」と
伝えたそうです。
「差し伸べられた手を握るか、離すか、それはオメェ次第だ」と。
そうこうしているうちに その子の父親が 命からがら引き揚げてきて
その子を引き取ったのですが、再婚したお母さんとの折り合いが悪くて
逃げ出して 結局 また少年刑務所に入ったと連絡があった時
30キロの道のりを歩いて会いに行って 出所したら家にこいと伝えた
そうです。でも その子は来なかった。迎えには行けなかったけど
夕方まで待っていた祖母は 少し自分を責めていたそうです。
でも 10年以上経ったある日、しっかりした青年が家を訪ねてきて
名乗ってくれた。その子は あの日 一人で東京へ向かって そのまま
住み込みで働ける所を見つけて夜学へ通い、きちんとした就職先へ勤めて
祖母に会いにきてくれたのだそうです。
それからは 祖母の存命中は何度か会いにきてくれました。
私は一度しか会ったことは無いですが、気さくな人でした。
そんな子供が いっぱい居たんだよねぇ。
辛い思いをいっぱいして 大人を信じられなくなった子供が沢山いた
当時のことを忘れちゃいけませんよね。