不安なときこそ、沈んだときこそ。
不安なときこそ、気持ちが沈んだときこそ、ちゃんと生活をすることが大事なのだと、餃子の種をひとつずつ黙々と包みながら思う。
レシピ動画を見ながらつくった種を、母から教わった方法で包んでいく。餃子をつくるなんて、いつぶりだろう。ここ1年やっていないことだけは、確かだ。
堂々と言うことではないけれど、わたしにはあまり "生活力" がない。
料理はあまり好きではないし、掃除も、洗濯も、仕方なくやっている感がある。わたしよりも家事が得意な夫に、だいぶ頼っているのが実際のところだ。
人が持つスキルのなかに「生活力」というものがあるとしたら、わたしはたぶん、そのスキルが圧倒的に欠落している。女性が家事をやるべきと言われる時代に生まれていたら、頭がおかしくなっていたかも。現代に生まれてよかったと、結構本気で思ってる。
ただそんなわたしが、最近生活に目を向けるようになったのである。
普段は出来合いの餃子を買ってきて焼くだけなのに、今日は「包むところからやろうかな」と思ったりするほどには。
生活に気持ちの矢印が向いたきっかけを強いて言うのならばおそらく、「暇」だからだろう。
暇ができた要因として一番大きいのは、昨年末にクライアントワークを辞めたこと。「じぶんジカンだけに注力したい」という前向きな理由の裏には、「もっとゆっくり生きたい」という本音もあった。
そうして仕事を減らした結果、わたしは「暇」を手に入れたのだった。
ただ、それまでは仕事に追われる日々だったゆえに、お惣菜を買って料理の手間を減らし、ルンバに掃除してもらい、ネットスーパーで買い物の時間も節約していたのだけれど、そんな日々からボコッと「クライアントワーク」という重量級の事案を抜き取った結果、わたしの日々には「暇」が溢れてしまった。
じぶんジカンの仕事の時間を増やすでもなく(そんなに頑張れないからクライアントワークを辞めたのだ!)、何か他にやりたいことがあるわけでもなく(やりたいことは十分できてる!充実!)、ぷかぷかと浮いてしまった、暇。
ソファに寝そべってスマホを眺めていると、「わたしはこんなことをしたくて、暇をつくったのか…?」という疑問が湧いてくる。
しかもこの浮いてしまった無防備な時間にメディアに触れていると、容赦なく「不安」や「心配」が雪崩れ込んでくる。テレビが延々と伝える暗いニュース。スマホから飛んでくる重い言葉たち。からっぽの時間に降り積もる、不安と心配の山。
もっと身軽に生きたくて仕事を減らし、時間を増やしたのに。その暇に土足で入ってくる画面からの情報が、わたしの心を重くする。
これではいけない、と思った。
不安に引っ張られないように、気持ちを整えるために。
わたしが辿り着いた結論が、「もっとちゃんと生活をしてみたらどうだろう」だった。
ここで言う「ちゃんと生活をする」は、よく言われる「ていねいに暮らす」とはちょっと違う。
イメージは、実はそこまで効率化しなくても良かったんじゃないか、手間をかけることも意外に楽しかったんじゃないか、と感じる部分だけを自分の手に取り戻すこと。生活すべてにていねいに取り組む生活力は、どんなに暇であっても、たぶんわたしは持ち合わせていないからね。
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それで、餃子。
レシピ動画を見ながらキャベツとニラをみじん切りにして、ひき肉や調味料と混ぜて、皮を一枚ずつ手に取り、黙々と包む。
ちょうど一個分の種をスプーンですくい取りたいとか、耳の部分をかっこうよく包みたいとか、そんなことで頭を満たす。時折、隣で同じくせっせと包む夫との包み方の違いを観察したりもする。
これまで通り出来合いのチルド餃子を買ってくれば5分で済む調理を、20分ほどかけて行う。
そうして、ごま油の香りを漂わせてパリッと黄金色に焼き上がった餃子と、お気に入りの琉球グラスに大きな氷を入れて注いだレモンサワー。至福である。無心で作業をした成果物が、こんなにも幸福感を与えてくれる。これぞ、生活である。
「料理をがんばりたい」と思っているわけではない。相変わらず料理はあまり好きではないけれど、「やっても良いかな」と思った日は、手間をかけてみようかと思っているぐらい。
他にも、これまで買ってきていた麦茶を水出しでつくるようになったり、前まではギリギリまで溜め込んでいた洗濯物を限界まで溜める前に回すようにしたり。アイロンが必要なシャツも、着回しの一員として一軍登板するようになったり。
それに良い眠りのためにストレッチをするとか、日中によく歩くとか、そういうのも "生活力" に含まれる気がする。
生活は、目の前のものにただ向き合う、自分が生きるための活動であって、そこに余念は滑り込みにくい。心配や不安を感じる暇なく、自分の暮らしを整えるために、せっせと動くのである。
だから、不安なときこそ、気持ちが沈んだときこそ、ちゃんと生活を。
今日はレモンを買ってきて、はちみつに漬けて「自家製レモネードの素」をつくろうかな、と考えながら。
おわり
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エッセイ集も、ぜひ。