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「ふらりと逃げ込める非日常」を持っておく

いつもとは反対方向の電車に揺られて30分。

ふわっと潮風の匂いがわたしを包む。駅を出て、すぐ目の前に砂浜のビーチ。薄曇りの今日は海と空の境目が曖昧で、ぽつんと浮かぶ島だけが水平線の存在をかろうじて感じさせる。

突如じわりと涙が込み上げる。昔から心の琴線に触れることがあると、なぜだか目頭が熱くなるのだ。

この景色が、心の奥深くにある何かを満たしていく。

半日だけのバカンスでやってきたここ「今井浜海岸」は、伊豆のビーチの中でもそれほどメジャーではない場所だと思う。

伊豆高原に移住してから、毎日遠くから海を眺めてはいるものの、近くに砂浜がないことだけが少し寂しい。近隣だと伊東駅のオレンジビーチが有名だけど、そちらはなぜだかわたしの好みじゃなくて。

実は、今井浜海岸には伊豆に移住するずっと前の2019年に一度訪れたことがある。あの時は、わざわざ旅行先としてここを選んだ。静かな砂浜を眺めながら、本を読む長期休暇のために。

そんな場所が、今では家から30分で行けるのだから、人生何が起こるかわからない。

さて、海岸の空気をたっぷりと心と体に取り込んだら、あの時に滞在したホテルのラウンジへ。

東京にいた頃からずっと、ホテルのラウンジの雰囲気が好きだ。足を踏み入れるだけで現れる非日常。ほんのちょっとお高い珈琲や紅茶、美しいケーキ達。宿泊していなくても利用できるラウンジも結構あるのだが、この伊豆今井浜東急ホテルのラウンジも同様で、宿泊客以外でもカフェやランチとして利用できるのが嬉しい。

自分の中にとどこおりを感じたら、意識的に日常から抜け出すことにしている。日常を楽しみ、良い流れをつくるための、わたしなりの秘訣。

とはいえ、遠方に出かけたり長期で休暇を取ったりするのは、いろんな調整を伴うので気軽にできなかったりもする。そんな時に重宝するのが、ふらりと行ける非日常空間。わたしの場合はホテルのラウンジだったり、お気に入りの砂浜だったり、ちょっと遠くのカフェだったり。

非日常空間は、嫌なことや上手くいかないことが続いたり、行き詰まりを感じたりした時に、逃げ込める場所。そもそも、いつでも逃げ込める場所があるという事実そのものが、心の支えになったりもする。

ホテルのラウンジではいつも、ちいさなノートを開き、頭の中をひたすら整理する。

テーマは、たいてい仕事のこと。現状はどんな感じで、これからやりたいことは何か、どういうことが行き詰まっているのか、進みたい方向はどちらなのか……といったような。

ラウンジに漂う明るい空気は、心を前向きにする作用があると思う。高い天井、広がる景色、ていねいな接客、美味しい珈琲や紅茶があるこの場所では、ネガティブなことを考える方がむしろ難しい。

今回も1時間ほどたっぷりと、珈琲をおともに脳内を紙に書き写した。そして空っぽになった頭に、リゾート感たっぷりの明るい雰囲気が流れ込み、その勢いのまま「これからやってみたいこと」を書き出して心が躍る。これからが楽しみになり、わくわくが溢れ出す。

ラウンジを後にして、再び海岸へ。
まだ電車の時間まで30分ある。驚くことに、伊豆急行線は1時間に1〜2本しか電車がない。東京育ちで10分に1本は電車が来ることが当たり前な人生だったので、移住して最も驚いたのは電車の本数の少なさかも。

砂浜をのんびり歩く。時折立ち止まってカメラのシャッターを切り、しゃがみ込んで空を見上げ、波を目で追い、深く息をする。

半日だけのバカンスを楽しみにして来たのに、今はもう早く帰って「やってみたい」と思ったことに取り掛かりたくなっている。非日常に来ると、大抵そう。非日常は飽きずにいつもわたしの背中を押してくれる。

電車の時間が近づいて、軽い足取りで駅へ向かう。

少し名残惜しく振り返ると、「変わらずここにあるからいつでも戻っておいで」と海が微笑んでいた。


おわり


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じぶんジカン松岡
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