両手のない僕が伝えたい「やればできる」の本当の意味。
前回に続き、社長×副社長対談企画の第1弾として、障害者雇用の常識を覆した先にJPTが目指す未来像を、社長の成川、副社長の阿渡に聞いてきました。
「『障害者は最低賃金』という常識を変える。僕たちJPTが見据えるその先の未来。」というテーマで3つの記事に分けてお送りします。
(執筆:ミッションパートナー ちひろ)
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2回目の今回は、JPTの活動を通じて変えたい社会について、副社長の阿渡目線で掘り下げていきます。
やればできる、自信を持って、もっと表に出ていけ。
ー続いて阿渡さん。いかがでしょう?
(阿渡)
僕が見ている対象は、日々変化しています。
今は障害を持つ当事者たちがメインですね。
障害のある人たちはあまり表に出てこようとしません。
彼らは、障害のない人たちばかりの社会で「自分ができないこと」を何度も強く意識してきたはずです。
他の人が当たり前に、なんの意識もせずにやっていることが自分にはできない。
その繰り返しの中で、自信をなくしたり劣等感を感じたりするうちに、いろんなことを諦めたり自分の殻に閉じこもったりする人が多い気がします。
僕は生まれつき両手がありませんが、健常者とまったく同じだと思って生きてきましたし、何の負い目も感じませんでした。
たしかに、障害者に対する社会の態度は冷たいです。
「手がないからなにもできないでしょ」
「障害者だから最低賃金ね」
という扱いは、アルバイトや就活をするときにとても厄介でしたね。
もっとも悔しかったのは学生時代のころ。
アルバイトの面接ではリアルに30~40社落ちました。面接に行くと、あたりまえのように「手がないからごめんね」と一言だけ言われて帰るパターン。
本当に悔しかったし、見た目じゃなく、僕の能力をみてくれ!と思っていました。
でも僕は諦めたくなかったし、みんなと同じようにアルバイトがしたかったんですよね。
面接に落ちる度に、「どうすれば採用してくれるか?」ということを考え続けました。
そして一つの手段として、「一ヶ月間は無給でいいから、使えるかどうか試してみて、それから判断してほしい」と面接の時に伝え、それで正式に採用となった経験があります。
僕が口癖のように言っている「やればできる」は、障害を持っているという理由で「自分にはできない」と思い込んでいる人たちへ向けたメッセージなんです。
例えば街なかで親子連れとすれ違うとき、子どもさんが「どうしてあの人は手がないの?」と僕を指差すことがよくあるんですが、僕はそういう時、自分からその子に近づいていって手を見せてあげます。
親御さんの反応はさまざまですが、僕は自分の手を隠す必要なんてないと思っているし、子どもたちには「違い」を受け入れられるようになってほしいから。
障害の有無の境界線と、「障害をなくす」こと
ーさすが阿渡さん。でも、障害っていろいろありますよね。できないことも人それぞれだし、性格も違う。その中で、阿渡さんが自分と他の障害者に感じる共通点みたいなものってあるんでしょうか?
(阿渡)
うーん。どうだろう。
(成川)
僕から、ちょっといいですか。
障害者か否かの境界線というのはたしかにあると思うんですが、障害者としての共通点はなくてもいいんじゃないでしょうか。
うちで今働いてくれている社員も、苦手や得意、性格や必要なサポートは、本当に十人十色です。
そもそも、健常者や障害者の区別なく、誰しもがそれぞれできることやできないこと、性格、好み、仕事に求める優先順位なんかはまったく違いますよね。それと同じです。
大切なのは共通点ではなく、その人が最大限の成果を出せるように個別に環境を整えていくこと。障壁となるものは取り除いて、必要な配慮やサポートをする。
そこに障害の有無はもちろん、性別や宗教、立場、年齢の違いはありません。
一人一人に個別のサポートをしていたら管理職の時間が足りない、成り立たない、と言われると思いますが、果たしてそうでしょうか。
たしかに、メンバー全員が同じサポートを求めていて、個別対応が全く要らないチームが管理職にとっては最も効率的ですが、そこに当てはまる人が限定されるということは多様性も柔軟性もないチームであるとも言えます。
ならば、個別にサポートするしかなく、どこまでやるのかはそれにかかるコストと、その人が出す成果を天秤に掛ければ良いだけのこと。
毎日1時間雑談をしないと仕事が出来ない人がいたとしても、他の誰にも出せない成果をあげられるのであれば喜んでその時間を作りますよね。
「みんなと同じ」なんかじゃなくていい。
(阿渡)
成川さんと出会う前と後で、僕にとって大きな価値観の変化がありました。
それまで僕は、頑張って健常者のルールに合わせることを目指してきました。
「健常者に対して負い目を感じない」ということが自分の中で大切なことだったんです。
先ほどの共通点の話だと、「みんなと同じようにやれない」の裏返しとして、「みんなと同じようにやりたい」という思いが、障害者にはあるのかもしれません。
そして僕は、そのために努力をしてきました。僕にはそれができました。
だから、他の障害者の人たちに対して「みんなももっと頑張れよ。小さな殻に閉じこもるなよ」と思っていました。
でも成川さんに出会って、彼の障害者雇用に対する考えを聞いているうちに、その考えは変わりました。
健常者のルールに合わせるための努力ができない人もいることを受け入れ、それなら会社の仕組みを変えればいいと気づきました。
そもそもの常識を疑うことを知ったわけですから、これは大きな変化です。
みんなと同じようにできなくたっていいから、小さな成功体験を積み重ねて自信をつけていけばいい。
障害を持つことへの気持ちがそんなふうに変わりました。
→次回「障害者が普通に生きるために「障害者」扱いをやめる?(3/3)」に続く
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