【三点初心】世阿弥の『花鏡』に書かれている3つの初心とは?
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~自分という楽器で言葉を奏でよう!」
22世紀に「広辞苑」から"人見知り"をなくしたい
誰もが自分を解放し喋りを楽しむ社会を実現
喋りに対する意識を変えて人生を好転させる
一般社団法人日本フリートーク協会代表理事
フリートークアドバイザーの“TURKEY”です
こんにちは!
僕のブログに来ていただき
本当にありがとうございます!
今朝のライブ配信をご覧下さった方
本当に早朝からありがとうございます
今日も色んな話をさせていただきました
・見えないものこそ大切に
・合わせるのは目線だけでなく
・世阿弥の初心は3つの意味があった
これらを中心に語りました
最近僕が読み耽っている本
室町時代に活躍した能楽師
世阿弥が残した数々の芸能書
『風姿花伝』はかなり有名ですが
今日は『花鏡』に纏わるお話です
《初心忘るべからず》
もう誰もが知っているこの言葉
慢心にならず物事を始めた時の気持ち
その新鮮さを持ち続けようという言葉
マンネリ防止の自戒の言葉ですよね
この言葉は『花鏡』から出ています
またそもそもこの『花鏡』においては
「3つの初心」を忘れるなと説いてます
さてその3つの初心とは何なのでしょうか
まず先に言っておきたいことは
あくまでも「僕の解釈」になります
この本は「原文」で書かれてあるので
現代口語訳になっていません
僕が原文に挑戦しているのは
「捉え方」に幅を持たせるため
口語訳だとそのままの意味を理解する
あえてそれを避けるため原文に挑戦します
まず3つが何なのか?
是非の初心
時々の初心
老後の初心
以上の3つです
ひとつめの「是非」の初心
これは普段僕達が慣れ親しむ
すべての事を始めるにあたって
一番最初の気持ちというものです
ふたつめは「その時その時」の初心
途中で変化を余儀なくされることもある
そんな時のような臨機応変な初心です
つまり取り組む途中に更新される初心です
続いてみっつめが「熟達した時」の初心
培った技術をただ繰り返していてはダメ
いつも絶えず新鮮な気持ちを持っていたい
それを世阿弥は「老後の初心」と呼びます
どれも普段経験していることですよね
中でも強くお伝えしたのは老後の初心
配信で僕はこれをこうお伝えしました
《実るほど 頭を垂れる 稲穂かな》
親戚の叔父がよく僕に言ってました
「毎日が開店初日という気持ちでな」
初めて聞いたのは大学生のときでした
就職活動が終わった夏休みでしたね
勿論意味はその時も理解していましたが
やはり今の方がその意味を痛感しています
「理解」するのと「痛感」は全く違う
その意味の重さもひしひしと感じています
つまりこの感覚こそが「老後の初心」
慢心に陥ることなく新鮮な気持ちで
迎える一日一日を開店初日というつもり
そこにマンネリなどは一切存在しません
室町時代にマンネリなどという言葉
そんな言葉は存在しなかったでしょう
とはいえ600年経った今も瑞々しいです
また能楽だけに留まることではありません
これもまた「見えないもの」のひとつ
どの初心も「目には見えない」ものです
でもその気持ちが「態度」には表れます
その態度は周りから非常に良く見えます
だからこそ見えないものこそ大切に
室町時代から物事の普遍性は同じです
時代は変わって手法手段は変わっても
ベースにある「思想」は全く同じです
世阿弥の芸能論集を読み進めていると
室町時代の著書ということを忘れます
原文なので読みにくい部分はあります
でも伝わることは充分に伝わりますね
これからも「見えない思想」
「3つの初心」を忘れないようにしたい
今日も読んでいただき
本当にありがとうございます
また明日!!