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【論文精読】コーポレート・ガバナンス・メカニズムと企業パフォーマンスの関係に関するサーベイ

獨協大学経済学部経営学科教授の松本守先生が、北九州市立大学経済学部経営情報学科准教授だった2013年に書かれた論文「コーポレート・ガバナンス・メカニズムと企業パフォーマンスの関係に関するサーベイ」を読んでみた。

著者の松本守教授について

松本守先生の専門はコーポレート・ファイナンスやコーポレート・ガバナンス。九州大学大学院経済学府博士後期課程で博士号を取得後、九州産業大学や北九州市立大学での研究活動を経て現在に至る。
研究は企業の特性や戦略が財務・非財務パフォーマンスに与える影響に焦点があたっている。

私(筆者注釈:松本教授)の現在の研究テーマは,「コーポレート・ガバナンスの実証分析(Empirical Corporate Governance)」です。その中で,「どのような企業特性や企業行動(戦略)が企業パフォーマンスに影響を及ぼすのか?,異なる成長ステージにある企業や企業形態が異なる企業間においてもその因果関係は成立するのか?」というリサーチ・クエスチョンを念頭に研究活動を行っています。

https://www2.dokkyo.ac.jp/eco/faculty-member/matsumoto/

特に、経営者の特性、取締役の特性、取締役会メンバーの組み合わせといった取締役会構成が企業パフォーマンスや取締役会の実効性に与える効果については、私の問題意識と通底している。
私が最初に松本先生を知ったのは論文「日本企業における女性取締役の導入効果に関する実証分析 -女性取締役の導入は企業パフォーマンスの改善に寄与しているのか?-」を読んだ時だった。女性取締役を導入している企業は、そもそも女性活躍を推進している立派な経営哲学があり、その上で実力を兼ね備えているのであり、女性役員がパフォーマンス向上の真因がほかにもあるのではないかと考えていたからだ。先生の研究成果は以下のサイト「researchmap」を参考にされたい。

では早速、論文の構成を見てみよう。

コーポレート・ガバナンス・メカニズムと
一企業パフォーマンスの関係に関するサーベイ 内部ガバナンス・メカニズムを中心に一

1. はじめに
2. 株式所有構造
 2.1 経営者による株式保有
 2.2 大株主 (ブロックホルダー) による株式保有
3. 取締役会
 3.1 取締役会規模
 3.2 社外取締役
 3.3 社外取締役の兼任
 3.4 取締役会のダイバーシティ
 3.5 取締役会の開催頻度
4.経営者報酬と経営者交代
 4.1 経営者報酬
 4.2 経営者交代
5. おわりに

論文「コーポレート・ガバナンス・メカニズムと
企業パフォーマンスの関係に関するサーベイー内部ガバナンス・メカニズムを中心に一」より引用

はじめに「コーポレートガバナンスの定義」

コーポレート・ガバナンス (Corporate Governance) とは,企業への資金供給者である投資家がその投資に対するリターンを確実に得ることができるようにすることであり(Shleifer and Vishny (1997), Denis and McConnell (2003))

論文「コーポレート・ガバナンス・メカニズムと企業パフォーマンスの関係に関するサーベイー内部ガバナンス・メカニズムを中心に一」より引用

最初にコーポレート・ガバナンスの定義をしている。その根拠として2つの論文を挙げている。Shleifer and Vishny (1997)の論文は「A Survey of Corporate Governance」を指している。
Shleifer, A., & Vishny, R. W. (1997). A Survey of Corporate Governance. The Journal of Finance, 52(2), 737–783.

『A Survey of Corporate Governance』は、Andrei ShleiferとRobert W. Vishnyによって1997年に発表された論文であり、コーポレートガバナンスに関する包括的なレビューを行った先駆的な研究である。この論文は、投資家保護の法的枠組みと所有構造が企業のガバナンスおよびパフォーマンスにどのように影響を与えるかを調べている。特に、エージェンシー問題の視点から、所有者と経営者の利益相反が企業の運営に及ぼす影響を整理し、投資家が経営者から利益を確保するためのガバナンス・メカニズムの重要性を強調している。本研究の影響力は極めて大きい。論文以後のコーポレートガバナンス研究の基礎を築いた。この論文は、実務的なガバナンス改革にも影響を与え、多くの政策立案者や企業がその示唆を取り入れている。また、多くの引用回数の多さからも分かるように、学術界におけるガバナンス研究の必読文献として位置付けられている。
著者の一人、アンドレイ・シュレイファーは、ハーバード大学ジョン・L・ローブ経済学教授だ。ハーバード大学で学士号、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得しているという傑物だ。1991年にハーバード大学に来る前は、プリンストン大学とシカゴ・ビジネス・スクールで教鞭をとっていた。シュレイファーは、比較企業統治、法と金融、行動ファイナンス、制度経済学の分野で研究を行っている。著書には『The Grabbing Hand』(ロバート・ヴィスニーとの共著)、『Inefficient Markets: An Introduction to Behavioral Finance』、『A Crisis of Beliefs: Investor Psychology and Financial Fragility』(ニコラ・ゲンナイオリとの共著)など7冊があり、100以上の論文も発表している。シュレイファーは『Quarterly Journal of Economics』誌の編集者であり、計量経済学会、米国芸術科学アカデミー、米国ファイナンス協会のフェローでもある。1999年には米国経済学会のジョン・ベーツ・クラーク賞を受賞した。

この影響力のある論文では、「コーポレート・ガバナンスは、企業に資金を供給する側が投資に対するリターンを確保するための方法を扱うものである。具体的には、金融供給者が経営者に利益を還元させたり、資本の収奪や非効率なプロジェクトへの投資を防ぐための仕組みであり、経営者の行動を管理する仕組みを含む。」と定義している。

さらにもうひとつの論文Denis and McConnell (2003) では、コーポレートガバナンスの定義を示している。
Denis, D. K., & McConnell, J. J. (2003). International Corporate Governance. The Journal of Financial and Quantitative Analysis, 38(1), 1–36.
彼らはコーポレート・ガバナンスを、「企業の利己的な管理者(企業の運営方法に関する意思決定を行う者)が、企業の所有者(資本の供給者)にとっての企業価値を最大化するような意思決定を行うよう促す、制度面および市場面の双方における一連のメカニズムである」と定義している。

はじめに「コーポレート・ガバナンス・メカニズムを2つに分類」

Denis and McConnell (2003) 論文では、コーポレート・ガバナンス・メカニズムを2つに分類している。それは内部と外部だ。

Denis and McConnell (2003) はコーポレート・ガバナンス・メカニズムを、内部ガバナンス・メカニズム (internal governance mechanism) と外部ガバナンス・メカニズム (external governance mechanism) の2つに分類している。そこでは、前者に該当するものとして、株式所有構造、取締役会、経営者報酬、後者に該当するものとして,乗っ取り市場、法的制度を挙げている。

論文「コーポレート・ガバナンス・メカニズムと企業パフォーマンスの関係に関するサーベイー内部ガバナンス・メカニズムを中心に一」より引用


Denis and McConnell (2003) の論文では、内部ガバナンス・メカニズムにおいて以下の点が指摘されている。

①取締役会
多くの国の企業に取締役会が設置されているが、米国では特に株主利益を代表する役割が期待されている。取締役会は、株主価値の最大化を目的とし、経営陣の雇用・解雇・監督および報酬決定を主要な役割として担っている。理論上、取締役会は効果的なコーポレート・ガバナンスの中核を成すとされるが、実際にその機能が十分に発揮されているかどうかは必ずしも明らかではない。取締役会に関する課題として、以下の3点がある。第一に、取締役会には経営陣が含まれる場合があり、場合によっては過半数を占めることがある。第二に、CEOが取締役会議長を兼務するケースが少なくない。第三に、取締役の選任プロセスにおいて、経営陣が強い影響力を及ぼす状況が存在する。米国における取締役会の研究では、主に取締役会の構成と経営陣の報酬が主要な論点となっている。取締役会の構成に関しては、取締役会の規模や取締役の構成(特に外部取締役の割合)、およびCEOと取締役会議長職の兼務の有無が注目されている。また、経営陣の報酬については、報酬体系が経営陣の利益と株主の利益をどの程度一致させるものであるかが議論の焦点となっている。

②所有と支配(経営)
所有と支配は、企業において完全に分離されることはまれである。企業の支配者は、通常、支配する企業の株式を一定程度所有しており、場合によっては、株式保有比率の大きさから企業を実質的に支配していることもある。このため、企業の所有構造(すなわち、株主の属性および保有規模)は、コーポレート・ガバナンスにおいて重要な要素となる。所有と支配が重複する度合いが大きくなることで、利害の対立が緩和され、結果として企業価値の向上につながる可能性があると考えられる。しかし、所有、支配、企業価値の関係は単純ではない。例えば、経営陣が自らの企業の株式を所有する場合、株主の利益と経営陣の利益がより一致する方向に作用する可能性がある。一方で、経営陣と株主の利害が完全に一致しない状況では、経営陣の株式保有比率が高まることで、経営陣は報復を恐れることなく自己利益を追求する自由度が増し、結果として経営陣の支配力が強化される。このように、経営陣による株式保有が企業価値に与える最終的な影響は、利益調整効果と支配力強化効果のトレードオフに依存する。経営陣以外の株主も、経営陣の行動に影響を与える可能性を持つ。典型的な米国企業では、広く分散した株式所有構造が一般的であり、このような場合、個々の株主が保有する株式比率が小さいため、経営陣を監視したり意思決定に影響を与えるためのリソースを費やすインセンティブが乏しい。また、フリーライダー問題が生じ、分散した株主間での行動調整が困難となる。一方で、一定以上の所有比率を持つ個人株主は、経営陣を監視し影響を与えるためのインセンティブが大きい。外部の大株主による所有も、コーポレート・ガバナンスにおいて重要な要素であるが、その影響は一様ではない。大株主は、経営陣に対し株主全体の価値を高める決定を促す影響力を行使できる一方で、自らの私的利益を追求する可能性もある。共有利益として、大株主が株主全体に利益をもたらす行動を取ることが期待されるが、一方で、私的利益として他の株主の利益に反する行動が取られる場合もある。特に、ブロックホルダーが企業の資源を私的に利用する場合、企業価値が損なわれる可能性がある。そのため、ブロックホルダーの存在が企業価値に与える影響は、共有利益の促進効果と私的利益追求の負の影響のバランスに依存する。さらに、多くの国において政府が企業の主要な所有者となっている例が見られる。政府所有は、分散所有と集中所有の要素を併せ持つ独特な形態である。政府が単一の主体と見なされる場合、国営企業は集中所有とされるが、実際には国民全体に帰属する資金によって支えられているため、広義には分散所有ともいえる。近年、企業資産の国有所有から私有所有への移行、すなわち民営化の動きが進んでおり、所有構造が企業業績に与える影響を考察する上で興味深いケーススタディを提供している。

(続く)

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