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【論文ひとり輪読会】株式所有構造や取締役会構成が鉄道事業の経営パフォーマンスに与える影響(余滴:振り返り)

論文「株式所有構造や取締役会構成が鉄道事業の経営パフォーマンスに与える影響」について、さかのぼって研究計画書を勝手に作ってみた。

現代社会において、コーポレートガバナンスの重要性はますます高まっている。その中でも、公共性が高く規制の強い鉄道事業は、他の産業とは異なる特性を持つため、独自のガバナンス構造が求められる。しかし、鉄道事業者を対象としたコーポレートガバナンスの実証研究は少なく、特に取締役会の構成や株式所有構造が企業価値に与える影響については十分に解明されていない。

本研究は、上場鉄道事業者を対象に、コーポレートガバナンス要素が企業価値に与える影響を分析することを目的としている。鉄道事業は公共インフラとしての社会的役割を果たす一方で、経営効率や企業価値の向上が求められる複雑な産業である。この特性を考慮し、取締役会規模、社外取締役の割合、経営者持株比率、外国人持株比率といったガバナンス構造の特定要素が企業価値に及ぼす影響を明らかにすることは、理論的・実務的に重要な意義を持つ。

さらに、鉄道事業者のガバナンス構造を深く分析することで、規制産業全般におけるガバナンスの有効性を検証し、他の規制産業にも応用可能な知見を提供することが期待される。本研究は、規制産業の特殊性を考慮したガバナンス研究の進展に寄与し、鉄道事業者の持続可能な経営モデルの構築に向けた一助となることを目指す。

研究計画書

1. 研究題目

鉄道事業におけるコーポレートガバナンス構造が企業価値に及ぼす影響の実証分析

2. 研究の背景と目的

背景

鉄道事業は、公共性が高く、政府規制の影響を強く受ける産業である。その結果、一般的な企業ガバナンスの理論が鉄道事業者において同様に適用可能かどうかには疑問が残る。従来のガバナンス研究は主に規制の少ない産業を対象としており、取締役会の規模、構成、所有構造が企業価値に与える影響について議論されてきたが、鉄道事業者に特化した研究は乏しい。また、公共インフラを支える鉄道事業者にとって、企業価値の向上が社会全体の利益に与える影響も大きい。

目的

本研究は、上場鉄道事業者を対象に、コーポレートガバナンス要素が企業価値(Tobin’s Q)に与える影響を分析する。特に、取締役会の規模や構成、株式所有の特徴が企業パフォーマンスに与える関係性を明らかにすることで、鉄道事業におけるガバナンスの最適な構造を検討する。

以下の仮説を検証し、鉄道事業特有のガバナンスと企業価値の関係を実証的に明らかにする:

  1. 仮説1: 取締役数が少ない企業ほど企業パフォーマンスが高い。

  2. 仮説2: 取締役会に占める社外取締役の割合が大きい企業ほど企業パフォーマンスが高い。

  3. 仮説3: 他社の社外取締役を兼任している取締役の割合が大きい企業ほど企業パフォーマンスが低い。

  4. 仮説4: 経営者持株比率が大きい企業ほど企業パフォーマンスが高い。

  5. 仮説5: 外国人持株比率が大きい企業ほど企業パフォーマンスが高い。

  6. 仮説6: 経営者在任期間が長い企業ほど企業パフォーマンスが低い。

3. 研究の意義

学術的意義

  1. 鉄道事業に特化した研究の希少性
    ガバナンス理論は規制の少ない産業を前提に議論されることが多い。本研究は、規制産業特有の特性がガバナンス構造に与える影響を分析し、学術的ギャップを埋める。

  2. ガバナンス理論の深化
    取締役会規模、社外取締役、経営者持株比率といった要素が公共性の高い産業でどのように機能するかを明らかにすることで、ガバナンス理論に新たな洞察を加える。

実務的意義

  1. ガバナンス改革の指針提供
    鉄道事業者が効果的なガバナンス構造を採用し、企業価値を向上させるための具体的な示唆を提供する。

  2. 規制産業への適用可能性
    鉄道事業者のガバナンスの成功事例を分析することで、他の規制産業にも応用可能な知見を示す。

4. 研究方法

4.1 分析対象

  • 対象期間: 2007年~2011年
    この期間は、鉄道事業者のガバナンス構造に大きな変化がなかったため、比較的安定したデータを用いた分析が可能。

  • 対象企業: 上場鉄道事業者23社

4.2 データ

収集するデータは以下の通り:

  1. 企業価値指標: Tobin’s Q(企業の市場価値と簿価の比率)

  2. コーポレートガバナンス要素:

    • 取締役会の規模(Ln_Bdsize)

    • 社外取締役数と割合(Ln_Outsider, Outsider_Fraction)

    • 兼任取締役数と割合(Ln_Busy_Director, Busy_Director_Fraction)

    • 経営者持株比率(Manager_Ownership)

    • 外国人持株比率(Foreign_Ownership)

    • 経営者在任期間(Ln_Manager_Tenure)

  3. コントロール変数:

    • 総資産(Ln_Assets)

    • 研究開発費比率(R&D)

    • 負債比率(Leverage)

4.3 分析手法

  1. 固定効果モデル(Fixed Effects Model)
    各企業の固有の特性(規模、地域性など)を調整し、説明変数が企業価値に与える純粋な影響を測定。

  2. モデルの段階的構築
    5つのモデルを構築し、変数の追加による影響の頑健性を検証。

    • モデル(1): 基本的なコントロール変数(取締役会規模、経営者持株比率など)を使用。

    • モデル(2)~(4): 社外取締役、兼任取締役、その他の変数を順次追加。

    • モデル(5): すべての変数を含む最終モデル。

5. 分析結果(予備結果の概要)

主な発見

  1. 取締役会の規模
    取締役会規模は、企業価値に正の影響を与えた。従来の「取締役会が大きすぎると非効率」という仮説とは異なり、鉄道事業では多様な意見が意思決定の質を向上させる可能性が示唆された。

  2. 社外取締役
    社外取締役の割合や人数は有意な影響を示さなかった。これは、鉄道事業者における社外取締役が形式的な役割に留まる傾向を示している。

  3. 兼任取締役
    負の係数を示したが、有意ではなかった。安定した鉄道事業モデルが影響を希薄化した可能性がある。

  4. 経営者持株比率
    有意に正の影響を与えた。経営者と株主の利益一致による「アライメント効果」が確認された。

  5. 外国人持株比率
    有意に正の影響を与えた。外国人投資家のモニタリング効果が企業価値を向上させた。

  6. 経営者在任期間
    負の係数を示したが、有意ではなかった。

6. 研究の課題と今後の展望

研究の課題

  1. データ期間の限定性
    2007年~2011年という短期間の分析であり、長期的なトレンドや規制の変更を反映できていない。

  2. 定性的データの欠如
    社外取締役や兼任取締役の実際の活動内容に関するデータが不足しており、機能の有効性を評価するには限界がある。

  3. 外部要因の考慮不足
    市場環境や規制緩和の影響を考慮するためには、モデルのさらなる拡張が必要。

今後の展望

  1. データ拡張
    最新のデータを用いた分析や、他国の鉄道事業者との比較分析を通じて、国際的視点を加える。

  2. 定性的研究の補完
    ガバナンス構造の有効性を深く理解するため、インタビューやケーススタディを実施。

  3. 産業横断的比較
    鉄道事業以外の規制産業との比較を行い、ガバナンスの一般化可能性を検証。

7. 期待される成果

本研究は、鉄道事業のような規制産業におけるガバナンス構造と企業価値の関係を明らかにすることで、以下の貢献を行う:

  1. 被規制産業におけるガバナンス理論の深化

  2. 鉄道事業者のガバナンス改革への具体的示唆

  3. 他の規制産業への応用可能な知見の提供

この論文のとアッパー・エシェロン理論

本研究とアッパー・エシェロン理論には密接な関連性が認められる。アッパー・エシェロン理論は、企業の最高経営陣の認知基盤や価値観が、戦略的意思決定や組織パフォーマンスに与える影響を説明するものである。一方、本研究は鉄道事業者を対象に、取締役会の構成や株式所有構造などのコーポレートガバナンス要素が企業価値に与える影響を検証するものであり、アッパー・エシェロン理論の観点と一致する要素を多く含む。

まず、経営者持株比率が企業価値に正の影響を与えるという本研究の結果は、アッパー・エシェロン理論における「経営陣の価値観が意思決定に反映される」という主張を支持する。経営者が株主と同じ利益を共有することで、短期的な利益追求よりも長期的な企業価値向上を志向する意思決定が促進される。このような意思決定の方向性は、経営者の認知基盤や価値観が組織パフォーマンスに与える影響を説明するアッパー・エシェロン理論の枠組みに適合する。

また、取締役会の規模が企業価値に正の影響を与えるという本研究の結果も、アッパー・エシェロン理論と整合する。取締役会の規模が大きいことで、多様な意見や視点が意思決定に反映される可能性が高まり、結果として経営の質が向上する。このように取締役会の構成が戦略的意思決定に影響を与える点は、アッパー・エシェロン理論における「経営陣の認知基盤の多様性が戦略選択を広げる」という視点と一致する。

さらに、外国人持株比率が企業価値に与える正の影響についても、アッパー・エシェロン理論の適用が可能である。外国人株主の存在が経営陣に対する外部からのモニタリング効果をもたらし、経営陣の意思決定をより効率的かつ透明性の高いものにする。これは、経営者が外部環境をどのように認知し、それを意思決定に反映させるかというアッパー・エシェロン理論の主張を支持するものである。

一方で、社外取締役や兼任取締役が企業価値に与える影響が限定的であるという本研究の結果については、アッパー・エシェロン理論の観点から再考する余地がある。社外取締役や兼任取締役が実質的に機能しない背景には、規制産業特有の文化や慣習が影響を及ぼしている可能性が考えられる。このような業界固有の制約は、経営陣の認知基盤や価値観に影響を与え、それが戦略的意思決定に反映されている可能性を示唆する。

総じて、本研究はアッパー・エシェロン理論の枠組みの中で解釈可能な結果を多く含む。特に、取締役会の構成や経営者持株比率といった要素が、経営陣の認知基盤や価値観を通じて企業パフォーマンスに影響を与えている点は、同理論の中心的な主張と一致する。本研究の結果をさらに深掘りし、アッパー・エシェロン理論の視点を活用することで、鉄道事業者特有のガバナンス構造が企業価値に与える影響をより詳細に説明することが可能であると考えられる。

(余滴)アッパー・エシェロン理論

アッパー・エシェロン理論は、企業の最高経営陣の特異な特性(例えば、認知基盤や価値観)が、戦略的意思決定や組織のパフォーマンスを説明および予測する上で重要な役割を果たすという仮説である。経営トップの認知基盤や価値観は、戦略的状況をどのように解釈するかという点に影響を及ぼし、意思決定を形作り、市場や財務の業績結果につながる。

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