【400字の独りごと】記憶
記憶
2011年3月12日、わたしは日本海に面した浜辺で海をぼんやりと眺めていた。東日本大震災の翌日のことである。
約束していたデートの行き先を海と決めていたのは地震が起こる前日だった。なぜ海に行きたかったのか、震災直後どうしてデートを中止しなかったのか、今となっては覚えていない。被災地の衝撃的な映像を目の当たりにし、どこか感情のスイッチが壊れていたのかもしれない。
津波が起きたあの海と確実に繋がっている目の前の海原は、深い碧をたたえ、穏やかで、圧倒的に美しかった。美しいと思うことが不謹慎であるとか、こんなところで何をしているのだろうなどといった複雑な感情は一切湧いてこなかった。荘厳な波と生命力に満ちた水面は、麻痺した神経を優しく包み込んだ。
2012年3月11日、国が主催する追悼式典の中継をテレビで観ながら思い出したのは、一年前の海の碧さだった。
(2012年3月)