Fantasy Earth ZEROの「半歩」を振り返ろう
Apex Legendsの「タップストレイフ」削除が話題になっています。タップストレイフとは、特定の操作によって空中で急激な方向転換を行うテクニックで、多くのプレイヤーがこのテクニックを習得し、活用しています。
このような仕様かバグの利用かが不明瞭なテクニックは、多くのオンライン3Dアクションゲームにおいて過去様々な議論を呼んできました。
この記事では、その中の1つであるFantasy Earth ZEROの「半歩問題」を振り返り、いまの時代への教訓を読み取ります。
Fantasy Earth ZEROって何?歴史は?調べてみました
Fantasy Earth ZERO(FEZ)はスクウェア・エニックスが運営するオンラインアクションゲームだ。50対50の対人戦が特徴で、2006年のサービス開始以来根強いファンがいる。
FEZはFantasy Earth 〜The Ring of Dominion〜というタイトルで、2006年2月にパッケージ + 月額課金のサービスとしてリリースされた。(ファイナルファンタジーXIが提供されているPlayOnlineのタイトルだった)
しかし、当時のオンラインゲーム業界は月額課金からアイテム課金へとビジネスモデルが変遷する大きな流れの中にあった。
(国内MMORPG初期にFFXIと並ぶ地位にあったラグナロクオンラインは2006年11月にアイテム課金を導入している)
スクウェア・エニックスはビジネスモデルの変更が必要と判断。スカッとゴルフ パンヤでアイテム課金モデルを成功させていたゲームポットに2006年11月サービスを移管した。(2015年にスクウェア・エニックスに再移管された)
そうです。そういう状況に変わり始めたときに,月額課金モデルで,今後どう伸ばしていけるのか,ちゃんと維持できるのか,そういう部分でやや疑問が生じていたことは否定できません。
ですので,やはりアイテム課金モデルにシフトしよう,と。で,ビジネスモデルを変えるにあたっては,やはり経験のあるところがよいということで,ゲームポットさんに運営を任せるという話になりました。
ファンタジーアースの状況やいかに――ゲームポットとスクウェア・エニックスの両社が答える,FEZの現状と運営体制
https://www.4gamer.net/games/017/G001785/20100408015/
Fantasy Earth ZEROと改称したFantasy Earthは基本無料 + アイテム課金のモデルで成功。オンラインの対人アクションゲームが当時少なかったこともあり人気を博した。
FEZは古くからオンラインゲームに親しんでいる人の間ではよく知られている。プロゲーマー・キャスター・ストリーマーなどとして活躍する人にもFEZ経験者は多い。Apex Legendsの「タップストレイフ」問題でFEZの「半歩」を連想する人が散見されたのも納得だ。
今でこそ陰りがあるものの、多くの人の思い出に残るゲームがFEZだ。筆者もFEZで知り合った友人とは15年近く続く交流がある。
「半歩」って何?
「半歩」とは2007年から2012年まで使われていた、特定の操作を行うことで位置情報のズレを故意に発生させ、対戦相手を一方的に攻撃したり、攻撃を回避するテクニックだ。
例えば、近距離攻撃の射程のギリギリ外に敵が静止しており、自分も静止しているとする。このときに、前進キーを一瞬入力して射程内に入った後、後退キーで射程外に出、すぐに攻撃スキルを使うと敵にスキルが命中する。攻撃された敵が同じ射程のスキルで反撃したとしても、敵のスキルは命中しない。(一方的に攻撃できる)
なぜこのようなことが起きるのか?FEZは以下のような仕様を持っていたと推測される。
・キャラクターの位置情報や方向転換の情報は、特定のタイミングにしか送信されない。あるいは、情報の送信に失敗することがある
・攻撃の成否は被攻撃側のクライアントで判定する。攻撃側のクライアントやサーバーは命中判定に介入しない
・スキルはスキルの識別子とベクトルのみを送信しており、発射位置は送信されない。発射位置は被攻撃側のクライアントが持つ情報によって判断される
前述の使用例を見てみよう。前進キーを入力することで、両キャラクターが近距離攻撃の射程内に入る。このときは、両者のクライアントで両キャラクターが射程内にいるように見える。
直後に後退キーを押して射程外に出た後、攻撃スキルを使う。このとき攻撃側のクライアントでは近距離攻撃の射程外にいるように見えるが、実は被攻撃側のクライアントでは、攻撃者はスキルを使ったとき射程内にいるように見えている。
恐らく「前進」が「後退」に変わったという情報よりも、攻撃スキルの情報が優先して送信されるのだろう。そのため、攻撃側のクライアントには射程外、被攻撃側のクライアントには射程内に見えるというズレが発生する。被攻撃側が同じスキルで反撃を行っても、攻撃側のクライアントからすれば射程外なので、反撃が命中することはない。
初期のFEZでは、この位置ズレはスキルを使っても補正されず、両者がそのままの位置にいるかぎり、片側のプレイヤーが一方的に攻撃し続けることができた。(やはり方向転換の情報が消えている可能性が高い)
この状態はすぐに緩和され、攻撃スキルのモーション中にキャラクターが滑りながら移動するようになった。スキル使用時に位置情報を送信(補正)するようになったのだろう。多くのプレイヤーが認知する「半歩」はこのように滑りながら攻撃したり、ジャンプ(ステップ)の飛距離を伸ばすなど、情報送信のタイミングを利用するものだ。
同様に方向キーの入力を工夫することで、滑りながら歩く、つまり不自然な速度で歩くテクニックも開発された。それらを組み合わせた動画がYouTubeで確認できる。
https://www.youtube.com/watch?v=OqIQCan64Y0
サムネイル画面中央にいる、オレンジ色のゲージ(敵)で青色の服のキャラクターが半歩使用者。不自然な速度で移動し、後ろに滑りながらスキルを使っている。
動画を見ればお分かりになるように、このテクニックは非常に強力だ。実はFEZには50対50のメインモード(戦争)とは別にバンクェットと呼ばれる7対7のサブモードがある。バンクェットは賞金付きの公式大会が複数回開催されるなど競技志向のプレイヤーに人気で、半歩は「バンク勢」の間では必須のテクニックだった。
半歩のはじまり
「半歩」の原理が最初に注目されたのは「引き撃ち」というテクニックからだ。引き撃ちは前述の半歩使用例と全く同じテクニックで、移動不可の状態異常(凍結)を持つ敵に一方的に攻撃するときなどに使用された。
引き撃ちは2006年11月にサービスが開始されるとすぐに「発見」されたが、このときはまだ「半歩」という名前もなく、「引き撃ち」が位置情報のズレを利用したテクニックだということも十分知られていなかった。
「引き撃ち」がより総合的なテクニックである「半歩」に発展したのは、2008年ごろからだ。2007年末に初のバンクェット公式大会が開催されると、競技志向のプレイヤーのバンクェット熱が高まり、2008年から多くの非公式大会が開催されるようになった。
また、2008年4月に初の大規模なバランス調整が実施され、近距離攻撃のクラスが遠距離攻撃のクラスより有利なバランスに変化した。このような背景をもとに近接戦闘の重要性が高まり、近接戦闘を有利にするテクニックが開発・拡散されるうち、いつしか「半歩」と呼ばれるようになったのだ。
半歩はバンク勢にとっては当たり前のテクニックになっていったが、バンク勢にも忌み嫌われた応用技術がある。障害物を利用して位置ズレを増幅させる、通称「引っ掛け」である。
引っ掛けの原理は単純だ。位置情報にズレが生じたとき、近くに壁などの障害物があると、障害物の近くにいるキャラクターが自クライアントには障害物と接触していないように見え、敵クライアントには障害物と接触しているように見える状態が発生し得る。
ここで位置情報の送信(補正)を伴わない移動スキルを使うと、自クライアントのキャラクターの像は障害物に邪魔されずに移動し、敵クライアントのキャラクターの像は障害物に引っかかって移動しないという状況になる。移動スキルを繰り返すことで、位置ズレを拡大させることができる。
引っ掛けは自軍の本拠地から敵軍の本拠地までワープするような予測不可能な挙動を可能にするため、多くのバンク勢も嫌悪感を示し、プレイヤー主催の非公式大会では禁止されることが多くなった。(動画を晒して批難するという私刑によってプレイヤーの自治が可能になっていた)
半歩の問題化
2008年から2009年にかけてバンクェットは盛り上がっていたが、このとき半歩はまだ規約違反となる不具合の利用か、合法的なテクニックなのかは明示されていなかった。バンク勢が好む半歩と、バンク勢が拒絶した引っ掛けは同じ仕様・不具合を利用するテクニックだが、バンクェットコミュニティの自治は両者に明確な線を引いた。
しかしこの線引きが崩れるときがやってくる。まず、カジュアルプレイヤーのバンクェットへの流入だ。
2008年以降のバンクェットシーンは非公式大会が大きな役割を果たしている。最も重要な大会はもちろん公式大会だったが、バンクェットにはランクマッチなどのマッチングシステムが存在せず、ルームマッチしか行えなかったため、非公式大会やコミュニティに所属しなければ練習を行えない。
そこでゲームポットは、バンクェットにカジュアルプレイヤーを呼び込む目的のイベントを定期的に開催することにした。応募者をランダムでペアリングしてチームを結成しトーナメントを行う「メルファリアシャッフルトーナメント(MST)」だ。
MSTには普段バンクェットをしない非バンク勢が多く参加したが、非バンク勢の多くはバンクコミュニティに所属しておらず、半歩や引っ掛けに関する文脈に慣れ親しんでいない(あるいは同意する必要がない)。
運営は半歩が合法か違法かを意図的に曖昧にしていたものの、半歩の違法性を指摘する声が上がるのも無理はない。2010年のMSTでは、審判が半歩の使用を理由に再試合の裁定を下したとの噂も聞かれ、合法違法の線引きにさらなる注目が集まった。
第二に、メインモード(戦争)での半歩の広まりである。元々FEZは戦争がメインのゲームだが、半歩開発の中心となっていた多くのバンク勢はバンクェットに傾倒しており、戦争にはあまり参加しないプレイヤーが多かった。しかし半歩のテクニックが広まるにつれ、当然戦争で半歩を使うプレイヤーは増えていく。ここで、多くのプレイヤーが半歩の威力(と不自然な挙動)を目の当たりにすることになった。
最後に半歩技術の高度化がある。半歩技術は開発・習得され続け、より大きな・効果的な位置ズレを発生させるよう徐々に進歩していったが、重大な影響があったのはマウスマクロの導入だろう。もともとマウスマクロはFEZにおいて咎められるものではなく、「公認デバイス」にマクロ機能付きのマウスが選ばれていたこともあった。マクロの情報はプレイヤーの間で幅広く流通していた。
半歩の複雑な操作をマクロで代替しようとするプレイヤーが現れるのも当然で、一たび半歩マクロが普及すれば、短い練習で激しい位置ズレを起こす半歩が使えるようになるし、半歩手法自体の開発もより促進される。
・コミュニティ外部のプレイヤーが参加するイベント
・半歩の普及
・半歩技術の高度化
により、発見当初は一部のコミュニティの中で広く受け入れられた半歩への風当たりは強くなり、半歩はテクニックから「問題」になっていった。
半歩の公認化と半歩禁止令
2010年のMSTで半歩に厳しい裁定が下ったこともあり、半歩に関する明確な判断を求める声が高まりつつあった2010年11月、ついに運営は「半歩」を公認化する。
「早急な対処または調整が難しく、また現象の緩和・改善が困難な」ための選択だったが、晴れてテクニックとして認められたことで半歩はさらに普及したと思われる。(筆者はこのときFEZをプレイしていなかったので、確かなことは分からない)
この直後のインタビューでは2009年夏ごろから「問題」が認識され始め、2010年10月に「すぐには問題を緩和できないという答え」が出たことで、公認化した旨が語られている。
これによりカジュアルプレイヤーの不満が高まったのは想像に難くない…いまでもインターネットを検索すれば、半歩に対する怨嗟の声をすぐに見つけることができる。不満が高まり続けた結果か、運営は約1年4か月で方針を転換する。半歩禁止令だ。
「非常に重大な問題と認識しており、キャラクターの位置情報を意図的にずらしてプレイする行為(※)に対し本日4月13日(金)より取り締まりを強化してまいります。」と、ゲームの仕様自体は変更しないものの、人力による取り締まりを行う発表。半歩問題専用の啓発ページと通報フォームまで設置され、運営が半歩を絶対に許してはいけないと認識したことが伺われる。
このインタビューも「半歩を応用したさまざまなテクニックが編み出されており,戦争における公平性が著しく欠如している状態が頻繁に見られる」「実際,この1年間はそういった理由から離脱してしまうお客様も目立ちました」など運営の認識が述べられたものだ。
(ちなみに、仕様とする旨の告知時に「同時に「使ってはいけない」という旨も記していた」とされているが、そんな記述はどこにもない)
半歩問題の終わり
こうして半歩は明確な違反行為として取り締まりの対象となった。「半歩の操作が体に染みついているので、ついやってしまったときにアカウントを停止されないか不安」と言うプレイヤーも多かったが、目立ったトラブルもなく、取り締まり施策自体は成功したと言えるだろう。
しかし、FEZがこれにより劇的に盛り上がることもなく、競技志向のプレイヤーはLeague of Legendsなど、新たな人気タイトルに惹かれていった。
半歩に抜本的な対応がされたのは2015年になってからで、遅きに失した感は否めない。このような要求は酷だが、もしこの改修が7年早く行われていれば、FEZはより人気のタイトルになっていたかもしれない。
FEZの半歩問題から学べること
Quakeのバニーホップのように、オンラインの3Dアクションゲームにおいて、開発者の意図していないテクニックの発達はよく見られる。このとき、プレイヤーコミュニティはそのテクニックを許容するか、禁じるかの自治を行おうとすることがある。FEZにおいては、半歩は許容し、引っ掛けは許容しないのが、バンクェットコミュニティの出した結論だった。
しかし、コミュニティの自治はコミュニティに所属することに価値がある人にしか機能しない。ランクマッチなどの遊びやすい要素は、閉鎖的なコミュニティの必要性を下げ、帰属意識を弱める。もちろんゲームの運営会社もプレイヤーの増加を歓迎する。いまや基本的なルールに関する「プレイヤーの自治」自体、多くのオンラインゲームでは成立しない。
また、コミュニティの自治や見解は一部のプレイヤーにとってのみ快適なものに偏っていることも多い。このようなとき、一部のコミュニティとほかのプレイヤーとの間には溝が生まれ、運営会社に「公式」な判断や声明を求める圧力がかかる。
運営会社からすれば、多くのプレイヤーにゲームをプレイしてほしく、意図していない複雑なテクニックを廃止する方向に傾くのは当然だ。しかし、テクニックに多大な投資を行ってきたプレイヤーからすれば、投資を無駄にされた失望は大きい。ゲームで練習すべき内容の定義はゲームの定義そのものであり、変更の影響は大きい。
ゲームを多くの人に広めたい運営会社と、自分が積み上げたスキルの価値を維持したいプレイヤーとの溝は時間が経つほど広がっていく。ゲームが広く、長く遊ばれることを目指すなら、変更はいずれ行うべきかもしれない。このとき、変更するならなるべく早く変更するべきで、変更することで「被害」を受けるプレイヤーには変更意図を丁寧に説明する必要があるだろう。
Apex Legendsは今や、日本においてもテレビCMが放送されたり、芸能人が話題に出したりするような多くの人に訴求するタイトルになっており、幅広い人が直感的に遊べるようにする努力は今後も不可欠だ。タップストレイフの削除に不満の人も多いと思うが、この決断の背後には数多のゲームの墓標がある。これまでのプレイヤーの努力と同時に、Respawn Entertainmentの決断もまた尊重すべきと筆者は考えている。
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