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勧誘をくらう体質w

「ピーンポーン」
夕方7時過ぎ。仕事が終わって帰ってきてボーっと携帯をいじっていたら、チャイムが鳴らされた。
危機感ゼロで生きている。ドアを開けてみた。
女の人が息を切らしながら(団地の5階、エレベーター無いからね)、目の前に新聞を突き出してきた。(あぁ勧誘かぁ。けんせーかいかぁ。久しぶりだなあ。)

その人は、怒っていた。めちゃくちゃ怒っていた。こちらが一言でも話す前から、凄いエネルギーで怒っていた。
「今の世の中がこんな風になっているのは、、、」出てくる単語が独特なので、ちょいちょい聞き取れない。みんながそのなんとか大聖人を奉って富士山🗻の方向に呪文を唱えないから世の中がおかしくなっているんだ!近いうちに日本は破滅して、大陸から侵略されるんだ!というような話をしていた。要所要所に出てくる、コロナが!大地震が!戦争が!という強い言葉。
今まではそういう人が押しかけてくると、
(うるせぇなあこっちは色々忙しいんだよ。友達から誘われたキリスト教系新興宗教のzoom講義、しんどかったのやっと断ってやめられたばっかりなんだよ、良い加減にしてくれよ。)などと考えイラついていた。迷惑だという顔で、でも断るのも面倒で、ドアを開けた自分を呪っていた。

今日は、何故か冷静だった。
めっちゃ怒ってるなあ。この人は一体何を恐れているのだろう。コロナじゃない、不況じゃないよな。結局は自分自身を信頼出来ないから、その不安を取り除きたくて、何かに縋って、だけどその不安が埋まらない苛立ちを、まわりの人や環境のせいにして、憤っているんだなあ。
自分自身の不安を世の中に投影して、被害意識に取り憑かれているんだなあ。
そんなふうに考えた。目を見て、ひとしきり話を聞いて、新聞を受け取って、「ありがとうございます」と言った。そして(私はそれを信仰しないけど、あなたが信仰していることを否定はしない。あなたが抱えている恐れが解放されるように、愛をおくります。)とエネルギーを送った。

今まではドアを閉めようとすると粘られて、「なんで信じないんですか!」などと騒がれて、ひどい在り様だったけど、今日は趣向を変えてそんなエネルギーを送ってみたら、相手も少しだけだけど、穏やかな表情になってすんなり帰っていった。

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宗教が悪いとは思わない。新興宗教だからなどという偏見をもって馬鹿にする、差別する、見下すようなことがあってはならない。けれど、人の心の隙間に入り込んで、上層部がお金を儲けるために、或いは人を支配・コントロールするために信仰が使われている側面がある。

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世の中に不安や不満を感じるのなら、その根本原因は自分自身の中にあるのです。同じ「コロナ渦」を生きていても、幸せに自分らしく生きられる人と、「こんなひどい世の中許せない」と憤ってマイナスのエネルギーを振り撒いてしまう人。その二者の違いは、“自分自身と繋がれているか“ではないだろうか。”目の前の現実は自分自身が創っている。“そのことが腑に落ちたとき、人生が明らかにいい方向に変わりはじめた。

このコロナ渦に本気で不安を感じている人、仕事をクビにならないかなどと怯え、不況や物価高に絶望している人、セカウラを知り日本が海面上昇で沈む前に山⛰買わなきゃ!って思っている人。日々ニュースを見たり、ネットでも情報収集をしていれば、不安の材料はいくらでも手に入ります。

だけど、本当に大事なことって何だろうか。目を閉じて、深呼吸をして、自分の中心意識に問いかける。そうすれば自ずと答えはみえてくる。この世界に生まれてきた意味、原点に立ち返って、不安や否定を手放して、もっと楽に生きられる人が増えるように。

すべての人、ものに愛を送ります。
「恐れなくても大丈夫。この世界は優しいよ。」

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