セックス、トラック&ロックンロール・あの娘にこんがらがって…4
「よし、その腹積もりがあんなら、わかった。ところで、サキ、先ずはそのホテルからさっさと出ろ。サキの話の通りなら、JKがチクるかもしれないしな、とにかく一刻も早く出るんだ」
アタシは、言い付けを守ろうとしてさっきメイドが開けてくれた件のドアへ向かい、ノブを握った。が、死体に後ろ髪を引かれたわけでもないだろうけど、そう、多分弱気や不安、そういうヤツの合わせ技だろうか、フッと足が止まった。アタシは、そんな調子だからか、妙に素直な情けないレスを返した。
「けどさ、アタシの指紋とか、あとさ、ゲロとか流しとかなきゃ――」
「はぁ!? なんだ、サキ、吐いたのか?」
吉川の笑い声が続いて、思わずムッとしたアタシは息巻いた。
「仕方ねぇーだろ! 臭いは生々しいし、それに――」
「元気出たじゃない! さっさと出ろ、何にも気にしないでいいッ。いいか、入った時同様に平然と出て行け、裏口なんか間違っても使うな、お前は何にもしてないんだからな。後で、連絡入れる。いいか?」
「いいね、最高!」
なんのレスも返されずに、スマホは切れた。
アタシは、再びノブへ手を掛けると、弱気や不安がぶり返さない内に、勢い任せにドアを開いて廊下へと出た。静かにたゆたう止まったような時間が待ち受けていた。じき、エレベーターへと歩き出したアタシの後方で、ハレとケを隔てるドアが閉まる音がした。それは、日常の筈の場所を、非日常だと錯覚させる程、静かで微妙な音だった……。
という次第で、アタシは今、カウンターを挟んで川崎と飲み交わしていた。アタシが用意したマグカップにワインを注ぐペースは早く、そろそろ二本目のボトルを開けようという頃合いだった。
川崎の訪問の狙いは、勿論JKのはずで、アタシが帰宅するまでにもう家捜しは済ましたに違いなかった。そうじゃなきゃ、あのシャッター下の隙間の説明がつかない。アタシは、確かにキチンとシャッターを下ろしたのだから。それ故か、川崎は飲み始めて以来、JKの件は不自然なぐらい口にはしなかった。
そんな白々しい時間に苛立ちを募らせていたアタシは、こちらからその不自然さをぶち壊してやることに決めた。あるいは、これも川崎の手なのかもしれないなと、薄々感じながらも……。
「で、見つかったJK?」
「残念ながら、ねぇ」
「そりゃ、そーよ」
「どーいうことッ?」
しまった……。開き直れ、サキ! それが一番強いッ。
「いや、だからさ、そんなにいつもここへ顔出さないってこと。レコード買いに来るだけなんだからさ」
「……そーか? なんか怪しいな、さっきの発言。で、さっきまで、本当は何処寄ってきたのよ、サキちゃんぽん?」
「オイオイ。リンガーハットじゃないってば。悪酔いしたんじゃないの?」
「まーさーかァ……で、何処寄ってきた?」
「しつっこいなぁ。それよりさ、何したの、あれ?」
「なんかしたんでしょ。で、困ってる人達が居るんでしょ。で、アタシらが動くって訳でさ」
なんかが、ピンときた。
「アタシらさんが動くって事は、困ってるのはお偉いさんって事? ウチらみたいな一般人じゃないって事よね?」
「生意気な口利くんじゃないってば!」
わーおッ、図星!
「そのレス、超怪しいーッ!」
「黙れ、黙れ、黙れおろーッ!!」
「言う権利ぐらいあるわよーッ。納税者だからさ――」
「アンタ、税金なんて発生する身分な訳?」
川崎さんは、そう言って店内をゆっくりと見回した。そのゆっくりした動きがなんだか、妙にアタシを悲しませた。酔いが、この人の本音を炙り出したのだろうか?
「川崎さん、変わっちゃったね……」
そうレスったアタシも店内を見回し、そしてそこに追伸を加えた。
「こんな店でもさ、アタシが動かしてんだよ……日の丸背負ってる川崎さんとは――」
いきなり引っぱたかれた。川崎さんは、アタシよりビックリしていて、自分の掌を何か気味の悪いモノでも見るように見入っていた。
アタシは、静かに腰を上げた。フラフラと川崎さんが追いすがり、アタシをギュッて抱き締めながら、こう口にした。
「済まなかったわ、サキ……飲み直そう、肴変えてさ。ダメ?」
「……なんか、レコードでも掛けていいかな?」
「いいわよ、そりゃ」
「じゃ、川崎さんなんか選んで掛けといてよ? アタシ、オシッコしてくる」
そう言い捨てたアタシは、曖昧な空気感はそのままに、ごく自然にその場を離れる事に成功した。ポケットでマナー・モ―ドにしておいたスマホが、太腿を数回震わすのを感じながら……。
アタシは、トイレの便座に腰掛けながらスマホを覗き込み、メールに目を通していた。待ち望んでいた、吉川からの報告だった。どうやら、ホテルでの清掃作業もあらかた終わりつつあるという連絡が吉川へ入ったらしい。更に、アタシをホッとさせたのが、光栄にも家康と吉宗というホモのオッサン・チームが事に当たってくれたらしいことだった。アタシは、以前にもこの二人の世話になっていたから、今回の件も全面的に信頼して良いだろうし、正直の所、ようやく心の底からホッとさせられた気すらしてきた。
メールに因れば、二人は彼等のお気に入りたるアタシのために、腕によりを掛けてゲロの始末に励んだと伝えてくれ、とあったそうだ。
泣けちゃう! 二人に会って、誉められたい……。いや、そうした甘えた何かが、ストリートから離れてかなり経ったアタシのなかに孕んだもんで、こんな目に、こんな状況に陥っているんじゃないの?
もっとも家康と吉宗は、吉川が抱える掃除屋としてはプロ中のプロらしく、その分、その値も随分張るというから、アタシが負った吉川への借も、相当なモノに成るに違いなく、それはそれでプレッシャーではあったけど、それもこれもあのJKに情けを見せて、そこに付け込まれたアタシのせいなのだから、とことん自業自得だった。先だって、JKがこの店へ顔を出した時、彼女は、アタシの中にそうした何かを垣間見たのかもしれない。
アタシ、駄々漏れだったのか? 何やってんだ、サキ? まさに、平和ボケってヤツじゃんか!?
溜め息を吐いたアタシは、ついでとばかりに、デニムを下ろし、軽く息むと、ワイン臭にウッすら染まったオシッコを放出し始めた。しばし、ジャーという派手な音がして、それが徐々に静まっていくと、店からレコードの音が漏れ響いているのに気付いた。
確かに、さっき選んで掛けといてと言ったものの、意外だった。だって、アタシの知る限り、川崎さんがこれまで音楽の話をしたのを聞いた覚えがなかったからだ。果たして、何を掛けているのだろう?
アタシは、とっくに峠を越えたオシッコを、フッと押し止め、耳を澄ました……
『欲望』のサントラだった――
それは、今日買い取りに出掛ける直前に、アタシが掛けていたLPだったが、その映画も音楽も川崎さんにはかなり縁遠いモノのような気がした。
ちょ、ちょ、ちょろろ――
アタシは、アソコを拭ってデニムを戻しながら腰を上げると、水を流してトイレを後にした……。
続く