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セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学 …9

   ヤツがまさに一連の犯人だった。その正体は、ネットで女性モノの古着屋を運営する土屋寛という45歳の男で、そう、アタシがいずみから教えてもらったあのサイトの経営者だ。だから、アタシも含めて5人の被害者達には、立派な共通項があったのだ。住所は全て筒抜けだし、注文する品からある程度のスタイルも把握、いやそれよりも恐らくはそれを端緒にヤツの妄想が起動し始め、それに伴って購入者達のなかから当たりをつけた何人かに対する、ヤツが言うところのフィールドワークを淡々と積み重ねた挙げ句、獲物を決めていくという流れだったらしいのだ。勿論、そうした一連の流れそのものが、ようするにヤツにとっての、前戯であったに違いなかった。また、ヤツは売却済みの商品のほとんどを、一旦自らが着用してから、その脱ぎたてを梱包していたというから呆れ返る。そもそもアタシは気付かなかったのだけど、店の在庫のサイズ感に、ある種の偏りがあったというのも、多分そのせいではないのだろうか。そして、こうした梱包前の着用なんかも、ヤツにとっては混じり合うという彼特有のこだわりの一環なんだろうか? シャツとグラサンのアタシは、まー、セーフだろう……。それにしても、この土屋という男、最悪だ。これに反省して当面、ネットでの古着購入は控えよう……当面は。
    で、それ以降の流れは意外にも吉田とアタシの推理にある程度沿ったモノだったようだ。例えば、アタシが襲われたあの晩、やはりアタシは尾けられていたのだった。東西線の車内で、向かいの席に居た脛毛の濃い短パンの男がそもそもヤツだったらしい。勿論、アタシのアイスコーヒー容器をパクり、ついでにトレイを片付けたのも、やっぱそう。という訳で、あの容器の液体はアイツの……。
   それで、アタシの首筋へのスタンガンは、掠めた程度だったものの、転倒したアタシの体内へ、アイツの血を注入することには、やつはある程度は成功していた。注入されてしまっのは右手甲。が、射ち込まれる最中に、アタシが暴れたせいで、針が折れるハプニングに見舞われたのが、ヤツにとっては想定外だった。そして、そのまま折れた針が突き出たままの右手をアタシが振り回した結果、その突き出た針先が、ヤツの左頬から上の歯茎へと貫通した挙げ句に、深く抉って引き裂いたことが決定的で、失神してしまったヤツは、仰向けで抗っていたアタシの上へと倒れ込んだって次第だ。じっとしていないで、暴れて叫んだアタシの勝ちって訳。
   実際、その叫びに異変を感じ取った近所の何軒かが、警察に通報し、マッポが到着するまでの間、アタシとヤツは折り重なったまま失神していたらしく、気が付いた時には、アタシの身体は病院のベッドの上で、周囲にはリョウ兄さん、ルミ姉さん、それにお仕着せに青い革ジャンを羽織ったいずみが取り囲んでいた。しばらくして、安心したリョウ兄さんとルミ姉さんが帰って行き、アタシといずみには等しく時間が共有されることとなった。しばし、気詰まりな時間を遣り過ごしたアタシ達だったが、やがてどちらからともなく顔を向け合った。
    「見せつけるわね、革ジャン……」
    「早い者勝ちよ……」
    「しっかし、同じ病院とはねェ……」
    「こっちも、アタシが早いからさ……」
    「ウチら、同じ血が入ったし、姉妹って訳ね……」
    「アタシが姉ね、早い者勝ち……」
    それっきり押し黙ったアタシ達は、しばらく見詰め合ってから、吹き出した。どこか、気怠く、力無く……。それも、まー、仕方がないだろう。

    「小学生の時、授業中机にゲロ吐いたのよ。散々ゲロ子って呼ばれたわ。なのに、そのことを昨日の晩まで忘れていたの……」
    その話をアタシへ言い残すと、翌日いずみは退院していった。またしても、いずみに遅れをとったアタシだったが、それはかえって幸いとばかり、入院中も、また、退院してからも例の二本立て案に思いを巡らす良い機会ではあった。もっとも、それは未だに続いていて、カウンターに拡げたノートに書いちゃ消しを繰り返していたが、余計なことを考えずに済み、かえって良いリハビリにすらなっていた。
    その証拠なのだろうか、日々アタシの中で性欲が増している気がした。それから、リハビリには勿論、かの人間椅子のCDも効果あったし、日々のサントラとしてすっかりハマったものだった。そのせいなのか、ここんところ、ハード・ロックのLPを、夜な夜な漁りに店内を流し、選んだアルバムを聴きながら、ノートをリストで埋め続けた。そして、それは今晩もまた同じだった……。
    『ディープ・パープル/カム・テイスト・ザ・バンド』
    ハードなファンキー・ロックで、チョイと変化球だけど、今はコイツを聴きながらノートに向かっていた。
    と、その時、入口ドアが開閉する音がした。アタシは、ペンを置いて、顔を向けた。視線の先にはこちらへ近付いて来る男の姿があった。吉田だった。彼は棚には目もくれず、明らかに客としての来店ではないようだ。しかしながら、この男が仕事の他に興味を持つものは何だろうか……。
    手狭な店内、じきカウンターを挟んで向かいあったアタシ達。アタシは、ノートを閉じると、丸椅子から腰を上げた。アタシを見据える吉田の視線は、微塵もぶれなかった。その視線は、アタシの表情に何かを植え付けたがっているようにも見えた。アタシはこう思った、植え付ける必要はない、一皮剥けばそれはきっとそこにあるから、と……。
       ‛ゲッティン・タイター‚
    最高に好きな曲だったが、こうした状況のサントラとは思えなかったので、アームを摘まんで針を上げると、プレーヤーを停めた。 勢いプレーヤーを見下ろしていたアタシが視線を戻すと、待ち受けていた吉田の視線と交差し、そして絡み合った……。神経に訴える静寂だったが、アタシは待った。受けに徹してドローに持ち込む腹積もりだ……。
    と、痺れを切らした吉田が動いた――
                                                                      続く

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