セックス、トラック&ロックンロール・混血の美学 …10
「いらっしゃいもねーのか?」
「いらっしゃい……」
「大丈夫か、そんな接客で……。 せめて、ませ、ぐらい語尾に付けろよ」
「ませ……」
流石にムッとした様に見える吉田が、口を開き掛けている……、さあ、これからが、本番だろう。
「ある女の同僚に聞いたんだが、お前、ウリやってたんだってな……」
アタシは、川崎さんだよな、きっと、そう思いながらレスった。
「過去形だから……」
「ならいい」
「なにがッ?」
「……だから、別にいい」
「ねぇ?」
「……なんだよ?」
「吉田さん、アタシとしたいんでしょ?」
「……」
「ねぇッ?」
「……そんな晩もいつかはあるかもな」
「こっちも、そっちと寝たい理由ってのがある晩が来るかもしれない」
「……ま、理由の如何を問わずにだな、お互いそういうのもいーんじゃねぇーか」
数秒間の沈黙で、身体の芯に火照りを意識したアタシは、平静を装って吉田へ頷いてやった。吉田は、視線を据えたままのアタシから何かを汲み取ったような熱っぽさを押し止めたままで頷き返すと、やおら背を向けて出入口へ向かい始めた。柄にもなく、その背を見送っていたアタシは、幾つかの思惑が絡み合った果てに思い浮かんだらしい問い掛けを、吉田の背へ投げ掛けていた。
「ね、ゴム持ってない?」
引き戸に手を掛けたままの吉田が、アタシを振り返って、こうレスった。
「そりゃ……、そりゃよおッ」
アタシは、黙ったまま右手を差し出した。
「なんだ、それッ……どーすんだよ、畜生!」
そう毒づいた吉田が、背広の懐からアレを取り出すと、アタシへ放った。アレは、アタシの差し出した右手へドンピシャで収まった。
「ナイスキャッチ!」
「自分で言うんじゃねぇーよ。ったく……」
と、前へ向き直った吉田は、引き戸を開いて立ち去った。開けっ放しの引き戸に、男の何かを見てやるべきだろうか……。
矜持? いや、ようするにやりたかったんでしょーよ。押しが弱いよ、案外さ……。
そんな、開きっ放しの引き戸から、気持ちの良い夜風が店内へと吹き込んできた。アタシは、カウンターの下からあの謎のワインボトルを取り出すと、吉田の餞別代わりのアレを袋から取り出し、口を使ってボトルの先端から被せていった――
さあ、準備は完了した。アタシは、時計を見た。午後8時過ぎだった。頃合いだった。色々な意味で。
カウンターを出たアタシは、引き戸はそのままに、シャッターだけを下ろすと、逸る期待に反して、ゆっくりと踵を返した。
店の灯りを消して、カウンターのスタンドを灯した。ゴムを被せたワインボトルが、薄っすらとした影の分身をカウンターへと落とした。
アタシは、デニムとショーツを足首までずり下げると、夜に溺れるために、ワインボトルへと手を伸ばし、その分身を消し去った。丸椅子が邪魔だから、蹴り倒した。後ろの壁へ凭れるように背を委ねた。と、ワインボトルの先端をゴムごと、ねっとりしゃぶった。しゃぶりながらも、ワインボトルの履歴に想いを馳せた。やっぱり、謎だった。
いいや、メンドイ……。
で、濡れそぼつそれを股間へと導くと、とうとう性欲に殉じて、堕ちていくことにした。
しっぽり、夜に溺れるゆらゆら揺らめくその影は、まるで見知らぬ他人のようだな、ってアタシには思えた……。
終わり