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セックス、トラック&ロックンロール・追う、ヨーコ…3

    スクリーンの明るさで判別出来たその顔は、アタシよりも年上の中年女性に見受けられ、柔和な感じの顔立ちからは、どこか人の良さそうなムードすら伝わってきた。
   と、そんなムードは崩さぬままに女はアタシへ頷き掛けてきた。気付いたら、アタシも頷き返していた。乾いた土地に雨水が染み込んで行くようなコールにレスポンスだった。
で、アタシのレスポンスを受けた女は、デニムっぽいコートのポケットから封筒を抜き出して、こちらへ差し出してきた。
    流れるような展開じゃないか。
   アタシは女を取引相手と見做して、それを受け取ると、封を開いて中身をそっと引っ張り出してみた。額面を改めるために、スマホを点灯させた。諭吉だった。タクさんのモノだし、アタシは札を数え始めた。数えながらも、目の端で女の様子は窺っていた。女はスクリーンを向いてはいたが、特に興味も無さそうに見えた。ダイ・ハ―ドじゃなくて、オリヴェイラだし、真っ当な反応かもしれない。アタシは札を数え終えた。百枚だった、はず。自分を信じた。封筒へ札を戻したアタシは、それをコートのポケットへしまうと、入れ替わりコインロッカーのキーを取り出して、女を向いた。女は、ただジーッとスクリーンを眺めていた。素人さん、そう判断をした。
    アタシはツンと女の肩をつついてみた。やっぱりデニム地のコートだった。 女がふっと顔を向けたので、アタシはキーを差し出した。女はすいませんって感じでまた会釈して、キーを受け取ると、それをポケットへ納めた。
   そこまで見届けたアタシはスクリーンへ視線を戻した。そこにマストロヤンニは居らず、後退していく車道だけが映っていた。重しの外れたシートが上へ戻るパタンという音がした。女が後方ドアへと立ち去って行くのを感じていたアタシは、取引相手とのタイムラグを拵えようと、そのまま過ぎ去る車道を眺めていた。
    が、後方へと去って行く車道を眺めながらも、一方心のスクリーンでは、今終えたばかりの取引が再生されていた。
    アメリカ人じゃなかったこと。いや、国籍はアメリカかもしれないじゃん。退役兵っぽくもなく、老人でもなかったこと。いや、親類かもしれないじゃん。
      「んんんん」

    ダメだ、じっとしていても無意味だって!

    アタシは取引相手とのタイムラグを破棄することにした。バタンッ! 逸るアタシには戻るシートの音が妙にささくれだって聞こえた。何人かの映画獣から刺すような視線を喰らいつつ、アタシは後方ドアへと急いだ。

    早稲田通りへ飛び出たアタシだったが、周囲には例の女は見当たらなかった。もっとも、詰まるところ行き着く場所はひとつだった。 おまけにタイムラグは2、3分のはずで、ここから走れば5分ぐらいだろう。
    アタシは、走り始めた。走りながら取り出したスマホで、リョウ兄さんへ繋いだ。
      「サキ、終わった?」
      「ええッ……ハァ、終わった。ハァ……たださッ、ハァ……予定通りに運んだんだけどさッ、女だったんだよねッ、ハァハァ……」
      「女? 聞いてないけどなぁ。それよりサキ、こんなときにセックスしてんのか?」
       「バ、バーカッ! ハァハァハァ」
       「怒んなよ。じゃ、ちょっと確かめる。金は確かめたんだな?」
       「ハァハァ、勿論!」
       「待ってろなッ」
       「着いちゃうよ!」
    そう切れたスマホに叫んだアタシは、ビッグボックス側へと渡る横断歩道が赤信号のためスルーして、そのまま先へ進むとケンタ前の信号の無い横断歩道を突っ切った。背後でクラクションを食らった。ビッグボックス脇の横道をどん突きのコインロッカーへ!
    荒い息遣いで佇んでいるアタシ。

    居ねぇ、居ないじゃん、っていうかアタシ、なんでこんな走ったんだっけ?

    スマホが震えて、それを思い出した。取り出して、耳へ運んだ。
      「サキ、確認取れたぞ」
      「ハァハァハァ……ハ、でぇ?」
      「取引相手本人が車椅子らしい。で、奥さんが代理で取引に、おい! サキ、余韻に耽ってんのか?」
    違う、そうじゃなくって……。
      「な、 なんだぁ……」
      「なんだってなんだよ? おい?」
      「兄さん、もういいやァ……」
    アタシは、切ったスマホをコートのポケットへしまった。なんてことはない、近所のスーパーの袋を提げた〝彼女〟が遅れて現れたのだ。
      「なんだぁ、ハァ……こんにちは」
      「うん、こんばんは、かな。 なに、お金足りなかった?」
    確かに時間的にも、空の暗さからも、彼女が正しい。
      「うん、こんばんは。ハァハァァ……」
   不意に身体の奥深くを震源地とする疲労に襲われたアタシはその場へヘナヘナとへたり込んでしまった。
     「もしもし? もしもし?」
    彼女はそう言うと心配そうにアタシの前へしゃがみ込んだ。通行人も決して少なくはなかった。そんな人の流れを、川の真ん中から突き出た岩礁みたいに邪魔しているアタシたち。
    〝世界は二人のために〟
    アタシの頭の中で相良直美が歌っていた。
続く

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